元Jリーガー、西澤代志也が栃木で農業にハードワーク中だ。気心知れた仲間たちと始めた農業プロジェクトにおいて、なかなか思いどおりにはいかない作物や自然とにらめっこしながら日々、悪戦苦闘している。今回、その現場をのぞき見させてもらった。
「死ぬまでにサッカー以外にやりたいことは見つからない」
かつて浦和や栃木などで活躍した元Jリーガー、西澤代志也に再会したのは昨夏のことだった。
「そこに適当に車を止めちゃってください」
背丈2メートルほどに生い茂ったとうもろこしの樹木の間から西澤がひょいっと顔を出して「どうも」と頭を下げた。こんがりと焼けた腕の先には軍手をはめ、頭には日差しを避けるための“お洒落な”麦わら帽子だ。思わず、再会するなり写真をパシャリと撮影させてもらった。
西澤はかつて06年から5年間、浦和で長谷部誠らが活躍した時代に切磋琢磨した。11年からは栃木で8年間もプレー。その後、浦和時代にお世話になった高原直泰に誘われて沖縄SVへ移籍し、21年シーズンを最後に現役を引退した。
その西澤が1年半ほど前から農業を始めた。
高原が代表を務める沖縄SVはクラブとしてコーヒー栽培にチャレンジしていると聞くので、その影響を受けたのだろうと思っていたが、
「いや、僕自身は他にやりたいことがなくて、たぶん死ぬまでにサッカー以外にやりたいことは見つからないだろうと。だったら気心知れた仲間たちと何かをやったほうがいいなと思ったんです」
と、返ってきた。
ただ、農業もそれほど甘くない。野菜を育てて、売って、日々いくら、という世界だ。実際にじっくりと話を聞いてみると、やはり、えらく大変そうだった。
今回は、西澤がセカンドキャリアとして入り込んだ農業の世界での悪戦苦闘の奮闘記をお伝えすることになる。
最初は雑草を抜いているだけでも新鮮だった
農業プロジェクトは気心知れた5人の仲間たちと始まった。グループの名を『UTSUNOMIYA BASE』という。
グループのインスタグラムのヘッダーにはこう書いてある。
「農業、そして『美味しい』がヒトとヒトを繋ぎ、やがて『笑顔』と『仲間』の輪が広がっていく――」
農地の現場で汗水を流して稼働しているのは、実家が農家の吉澤、そして西澤の2人。その他の3人は本業を持ち、そのうちの一人はBリーグ・宇都宮ブレックスで目下活躍中の渡邉裕規。
西澤がまだ栃木SC、渡邉が宇都宮ブレックスに所属しているとき、「栃木SCはな」「ブレックスなんてさ」とチーム内で話せないことをこぼし合った仲で、同い年の二人は波長が合った。
はじめのうちは実働部隊の2人が動ける範囲の農地からスタート。フットサルのコート3面分ほどの農地を二箇所ほど、これが最初の持ち場だった。
「まったく知らない未知の世界。最初はアスリートの探求心で駆け抜けられたんです。何をやっても新鮮。ただただ雑草を抜いているだけでも新鮮なんです。最初の1年間は楽しさのほうが勝っていたので、それだけで走れました」
周りの農家も若くして農業に参入してきた西澤らに期待しつつ、「本当にできるの?」「大丈夫?」などと声を掛けてくれた。なかには余っている農地を気軽に貸してくれる老舗農家もあった。日本全国の農家は高齢化問題に直面しており、歳を重ねた老夫婦には広い農地まで手が回らないという事情がある。……
Profile
鈴木 康浩
1978年、栃木県生まれ。ライター・編集者。サッカー書籍の構成・編集は30作以上。松田浩氏との共著に『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』がある。普段は『EL GOLAZO』やWEBマガジン『栃木フットボールマガジン』で栃木SCの日々の記録に明け暮れる。YouTubeのJ論ライブ『J2バスターズ』にも出演中。