SPECIAL

「5、6m高い位置で」泰然自若の30歳、遠藤航が“リバプールの6番”に進化を遂げるまで

2024.01.06

83分に投入された12月3日のフルアム戦で値千金の同点弾を決めると、翌節からアジアカップ前ラストゲームとなった1月1日のニューカッスル戦まで、公式戦8試合連続で先発出場。リバプールのプレミアリーグ首位浮上に貢献し、12月のクラブ月間最優秀選手にも選ばれた。加入当初の懐疑論を一蹴したMFのシーズン前半戦を、現地で取材を続けてきた山中忍さんがイングランドのメディアやファンの声を交えて振り返る。

カイセドの7分の1程度の代物

 年末から年始にかけての第20節で、今季プレミアリーグは後半戦に突入した。開幕翌週にリバプール入りした遠藤航のプレミア初挑戦も、前半戦が終了したことになる。その約4カ月間、イングランドのメディアで最も頻繁に見聞きした彼の代名詞は、「デュエル王」ではなく「30歳」だっただろう。

 「30歳の日本人」ではない事実は、遠藤自身が主将を務める日本代表の進化に伴い、和製フットボーラーの能力が「サッカーの母国」でも認められるようになっている証拠だ。しかし、国籍を問わず若いとは言えない年齢は、イングランドの人々がリバプールの新ボランチを眺める目にネガティブなフィルターをかけた。

 暗い色眼鏡をかけずに見ていた識者もいる。移籍翌月に意見を聞いた『ガーディアン』紙のマージーサイド担当、アンディ・ハンター記者は「もっと早く獲得されていれば賢い補強だと理解された」と話していた。その根拠として、ファビーニョ(アル・イテハド入り)を失ったポジションの穴埋めとしては、前所属先のシュツットガルトで「ブンデスリーガのどのMFよりも長くピッチに立ち、誰よりも多くデュエルをこなした実績」、ジョーダン・ヘンダーソン(アル・イテファク入り)やジェイムズ・ミルナー(ブライトン入り)に代わるリーダーシップの持ち主としては、「シュツットガルトでもキャプテンマークを託された信頼度」を挙げてくれた。

 だが一般的には、地元ファンによるサイトやポッドキャストでも、「30歳」に手を出したクラブの補強自体が疑問視された。ユルゲン・クロップ監督が将来性の高い若いタレント路線を好むフロントに例外措置を求めたと聞かされても、「解せない」とされた。

 「21歳」(当時)の獲得を予想していたのだから無理もない部分もある。遠藤の移籍金は、第1ターゲットと目されたモイセス・カイセド(チェルシー入り)に用意された額の約7分の1。「その程度の代物」だと理解され、使えるにしても「付け焼き刃的な補強」という見方をされた。

 その遠藤が、アジアカップ出場によるリバプール離脱をイングランドでも惜しまれている。代表合流前のラストゲームとなった元日の第20節ニューカッスル戦(○4-2)を見守ったサポーターたちの中に、「賢い補強」説に異論を唱える者はいないだろう。リバプールでの遠藤がカイセドと同額レベルの価値を見せたとまでは言わないが、チェルシーでのカイセドが遠藤の7倍の価値を示したとは絶対に言えない。

“ハンディ”を承知で、やるべきことを着々と

 この変化を起こした「30歳」を形容する言葉は「泰然自若」になるだろうか。一喜一憂しない性格に加え、クラブではレジェンド、外部でもトップクラスへと評価を高めたシュツットガルトでも、移籍当初は2部でさえ出番が限られた経験もあるに違いない。当人が言う「トップ・オブ・ザ・トップス」へのステップアップを期して移籍したリバプールでも、外野の「憂い」をよそに、本人は自分を信じてやるべきことを着々とやっていた感がある。

 第2節ボーンマス戦(○3-1)、62分に訪れた移籍発表翌日のデビューは、最初のボールタッチがインターセプトだった。その瞬間、アンフィールドのメインスタンドでは、筆者の右手前方に座っていた男性ファンが「ナイス、エンドー!」と声を上げていた。当日夜のリバプール市内では、「ここでもレジェンドになれる」と言う若い男性ファンにも出くわした。

 初先発は、続くニューカッスル戦(○1-2)。前節で退場となったアレクシス・マカリステルに代わって務めた3センター中央では、敵のゴールキックを跳ね返すヘディングが最初のボールタッチだった。リバプールファンは知る由もないが、見た目の高さ以上に強くて巧いヘディングを可能にする空間認識能力は、中学3年生で湘南ベルマーレのトライアルに合格した理由の1つでもあった。

……

残り:3,260文字/全文:5,329文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

アジアカップアレクシス・マカリステルイングランドプレミアリーグユルゲン・クロップリバプール日本代表遠藤航

Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

関連記事

RANKING

関連記事