“異端の若手理論派”として「ファンクショナルプレー」、「関係的優位性」と「機能的優位性」など新しいサッカーの解釈を唱え、『モダンサッカー3.0』の著者でもあるペルージャのU-19監督兼メソッド責任者、アレッサンドロ・フォルミサーノが前任者のシーズン途中解任に伴い、ついにそのトップチームの指揮官へと内部昇格を果たした。現イタリアプロサッカー界において最年少となる33歳の新監督は、カルチョに新風を吹き込めるのか。セリエCを戦うクラブの現状と初陣に対する現地の反応を、前後編に分けて片野道郎氏が伝える。
内部昇格は理想形。その裏にある「1つの明確なアイディア」
就任発表の翌日(12月20日)、かつて中田も躍動した本拠スタディオ・レナート・クーリのプレスルームで行われたフォルミサーノの就任記者会見の冒頭で、そのジュリアレッリはこの監督交代について次のように語った。「はっきりさせておきたいのは、これは暫定的な選択ではなく、1つの道程を想定した選択だということです。その道程はもちろん、その時々の状況、そして結果によって左右されるでしょう。しかし我われの意思は、1つの明確なアイディアを時間をかけて形にしていくことにあります」。
「1つの明確なアイディア」というのが、盟友フォルミサーノをトップチーム監督に据えることを出発点として、トップからスクールを含む育成部門までの全カテゴリーで一貫したメソッドを持った体制、そしてそれに基づくクラブとしての明確なフィロソフィとアイデンティティを確立する、さらにはクラブが自前で育てた選手をトップチームに供給することを通じて選手とチームが同時に成長していくような循環を作り出すという、アヤックスやベンフィカ、レッドブル・グループなどに見られるような育成クラブの理想像にあることは明らかだ。ただし、それを実現するためには、フォルミサーノが監督としての仕事を継続できるだけの結果をピッチ上で積み重ねることが条件であることも、また明らかだ。クラブが建前上1シーズンでのセリエB復帰を目標に掲げ、何よりもサポーターがそれを強く要求しているという状況を考えればなおさらである。
もちろん、それを誰よりもよく理解しているのは、フォルミサーノ本人だろう。就任記者会見の席上で、彼ははっきりとこう語った。「私に課された責任がどのようなものか、十二分に理解しているつもりです。私はそれを喜んで引き受けます。長い間この日のために準備をしてきました。不安や怖れは一片も持っていません。選手たちに求めるのは、自分がどこから始めたのか、その原点に立ち戻ること、サッカーをプレーする喜びを思い出し、それをピッチ上で自由に解き放つことです。そこから先のすべては、我われの仕事が結果としてもたらすものです」。
プロクラブの育成コーチとして10年近い経験を重ね、育成年代の最上位であるプリマベーラ(U-19)もこれで4シーズン目となるフォルミサーノは、トップチームカテゴリーで指揮を執るべき時期を迎えていると自認していた。実際この夏にはセリエCの複数クラブからオファーを受けてもいたが、いずれもプロジェクト面で納得の行く内容ではなく、合意に至らなかったという経緯もあった。それと比べても、勝手知ったるペルージャというクラブで、しかも考え方とビジョンを共有し互いに深く理解し合っている盟友ジュリアレッリの下で、目先の結果だけにとどまらず、明確なプロジェクトを時間をかけて実現して行こうという合意が成立している今回の内部昇格は、ステップアップの形として理想に近いものだと言うことができる。
首位との初戦は0-3完敗も…「後半の戦いが我われの出発点」
とはいえ、トップチームの監督である以上、真っ先に問われるのは何よりも目先の結果である。その点から言えばこの就任は、タイミングとして理想的とは言い難いこともまた事実だった。前節アレッツォ戦が月曜開催だったため、前監督の解任とフォルミサーノの昇格が決まったのは火曜日。それからわずか4日後の23日土曜日には、こともあろうに首位を独走するチェゼーナをホームに迎えての対戦が組まれていたのだ。それが終わればセリエCは短いウィンターブレイクに入り、再開する1月7日まで2週間の時間があるため、監督交代のタイミングをそこに合わせるという選択肢もないわけではなかった。
サントパードレ会長がそうしなかった理由は推測する以外にない。考えられるのは、いずれにしてもバルディーニ前監督に見切りをつけていた、そして監督交代がもたらす心理的な効果が強敵チェゼーナ相手に発揮されるのではないかという淡い期待を抱いていた、といったあたりだろうか。いずれにしてもフォルミサーノが直面したのは、絶好調の首位チームを相手に、前節で退場になった2人のFW、そして故障離脱したもう1人のFWと、レギュラーの攻撃陣3人を欠いた陣容で、しかもたった3日間の準備期間だけでデビュー戦を戦わなければならないという状況だった。……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。