今季の山形はシーズン序盤に8連敗を喫するなど苦しんだが、途中から渡邉晋監督に率いられたチームは見事に復活を遂げた。5連勝を3回飾るなど怒涛の追い込みを見せながら最後はJ1昇格プレーオフ圏内に滑り込むに至った。
今回、渡邉監督には激動となった2023シーズンのピッチ上の現象について、『ポジショナルフットボール』な視点を切り口にしながら細かく振り返ってもらった。
なお、インタビューは合計4本あるが、そのうち①②は8月に収録しながら諸般の事情でこのタイミングでの公開となった。残りの③④はシーズン終了直後に収録している。
選手から発揮されるものが戦術を決める
――こうしてお聞きしていると、今の渡邉さんの中では「選手の能力を引き出す」という部分が、戦術の決定に大きな影響を及ぼすようになっていますか?
「そうです。仙台では色々なチャレンジが出来て、一緒にいたコーチ陣とも色々なことを考えながら、一つずつ積み上げて挑戦したものが間違いなくあったと思うんです。最終年にクラブが残留を果たすため、戦術を転換せざるを得なかったときもあったけど、それは僕が決断したこと。振り返れば悔しさがあったけど、そのときはそれが最善だと思ってやりました。その後、『ポジショナルフットボール実践論』という書籍を作る機会を頂いて、自分のフットボールはこういうものだよなと、より一層強く思った中でレノファ山口での挑戦がありました。あのときは間違いなく、『俺はこういうフットボールをやりたいから、みんなついてきてくれ』というところで一生懸命やっていたけど、選手がパンクしていたんだろうなと、今思えばそう感じます。仙台時代を含めて『なべさんのサッカーって、結構難しいよね』と選手の感想がたまに耳に入ったりもしましたけど、『そうだよ。そんな簡単なことやってないよ。でもこれを乗り越えれば必ずみんな成長するし、 上手くなるから挑戦しようぜ、乗り越えようぜ』というのが僕のスタンスでした。
でも、山形に来て、ピーター(クラモフスキー)さんと一緒にやらせてもらって、一人のコーチとして色々な考えが芽生える中で、まず選手にどういう力があり、それを発揮するためにどうしたらいいのかを考えたときに、こんなもの、あんなものがありますよと監督が提供するだけではなくて、逆にもっとシンプルに考えさせるとか、もっとそぎ落とす作業、それがすごく大事だなと感じたんですよね。
だから、仰ったように、選手の能力を引き出すとか、引き上げるとか、どんどん選手から発揮されるものが戦術を決めて行く。今はそれがベースにある感じになっています。もちろん、譲れないものはありますよ。やり方も提示はするけれども、清水戦のプレス対策のように、本当に選手と一緒に作り上げていく感じですね。勝利のために、自分が尖っているよりも色々なものを受け入れて、選手が躍動できる環境を作り出すことが監督としての最大の仕事なんだろうなと、今はものすごく感じています」
シーズン終盤に痛感したサポーターの力
――もう一度プレーオフの話に戻らせてください。他にあの試合でポイントになったことはありましたか?
「アディショナルタイムに小西(雄大)がシュートを打って外れたシーン。小西にこぼれる一つ前のシーンは、実はうちのデラトーレに当たってるんですね。(泉)柊椰が左サイドで本当に素晴らしい背後への抜け出しで、突破してクロスを上げて、高橋潤哉がシュートを打った。それが味方のデラトーレに当たって、小西の前にこぼれてきた。あれが相手DFに当たってこぼれて来たら、小西のシュートは入ったと思うんです。あんなときに味方に当たるって、あまりないじゃないですか。様々な原因があったと思いますが、やっぱりあのアウェーの空気感が、もしかしたら、そうさせたのかもしれない。それはもう本当に日本平に集まった清水のサポーターの力が大きかったのかもしれない。我々のホームだったら、そもそも高橋潤哉のシュートが入ったかもしれないし、DFに当たってこぼれてきたら、たぶん小西は決めた。……わかんないですよ? わかんないですけれど(笑)。でもそういう見えない力のようなものは、今シーズン、最終盤にかかるところですごく感じて、それがサポーターの力なんだと、大きいなって改めて感じたんですよね。甲府戦のスタジアム入りのところから、サポーターが作り出した雰囲気や空気感は涙が出るくらいのものだったんですよ。あれがあったから、我々は逆転することができたと思っているし、それを目に見えないものの力と言ってしまえば、それだけなんだけど、自分たちの力だけではない部分で、最後は結果も左右されるなって、改めて強く感じました。
そういうホームでの我々のサポーターのパワーを感じていただけに、あの日もモンテのサポーターも物凄くたくさん来てくれたけど、やはり日本平で清水のサポーターが醸し出す、我々にとっての超アウェーみたいな雰囲気は、最後の最後で思い知らされたなとは思います。だからプロフットボールってすごく痺れるし、楽しい。みんなで一緒に戦っているんだな、というのは感じましたね」
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Profile
清水 英斗
サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』『日本サッカーを強くする観戦力 決定力は誤解されている』『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。