ヒントは日本代表のドイツ戦に。教え子の板倉滉から受けた衝撃。【山形・渡邉晋監督 2023シーズン総括インタビュー③/全4回】
今季の山形はシーズン序盤に8連敗を喫するなど苦しんだが、途中から渡邉晋監督に率いられたチームは見事に復活を遂げた。5連勝を3回飾るなど怒涛の追い込みを見せながら最後はJ1昇格プレーオフ圏内に滑り込むに至った。
今回、渡邉監督には激動となった2023シーズンのピッチ上の現象について、『ポジショナルフットボール』な視点を切り口にしながら細かく振り返ってもらった。
なお、インタビューは合計4本あるが、そのうち①②は8月に収録しながら諸般の事情でこのタイミングでの公開となった。残りの③④はシーズン終了直後に収録している。
甲府戦は「勝てる」という思いが湧いた
――まずは率直に、清水とのプレーオフはいかがでしたか?
「一つ不安だったのは、うちは清水さんほど経験値がそれほど高くないチームだったので、緊張などでプレーが縮こまるのは嫌だなと。(プレーオフ進出を決めた)最終節の甲府戦を含め、その2試合に関しては唯一、懸念としてありました。ただ、試合では全く見られなかったので、チームも選手一人一人も逞しくなったなと思います。だからこそ、立ち上がりから勢いよく試合に入れたし、甲府戦は先制もされたけど、「今日は勝てる」という感覚をずっと持っていて、そう思わせてくれる選手たちを逞しく感じていました」
――甲府戦は劇的な逆転勝利でしたが、渡邉さんの中では最初から「いける」感覚があったんですね。
「それこそ開始5分とか、選手の状態を見たとき、今日のゲームは勝てるな、という思いがパッと湧きました。素晴らしいホームの大声援もあり、選手が程良い緊張感の中で、のびのびとプレーしているのが見えた。だから先制されても、そんなに慌てることはなかったですね」
――その感覚はプレーオフの清水エスパルス戦も同様だったんですか?
「はい。実際に我々が立ち上がりにチャンスを多くつかみ、シュートでしっかりと終われたり、それが枠内を捉えたり、自分たちの姿勢は序盤から見せることができたと思います。また、対戦相手の清水のメンバーを見たとき、右サイドハーフに岸本(武流)選手が入っていました。それは前回、我々が日本平で戦って0-3で負けたときと同じく、プレスをかける狙いがあるだろうと。ただ、我々はそれを外す準備をしてきたので、選手が相手を見ながら工夫して出来たと思いますし、十二分にチャンスがあると見ていました」
――清水は結構高い位置からプレスに来ましたよね。あの辺りは来ると、予想していたんですか?
「それはもう想定内ですね。だからこそ、こちらが外す準備をしっかり持たなければ、前回同様に食われてしまうので、準備をして、実際にそれを手札として持ちました。選手もプレーしながら手応えを感じていたと思います」
基本的に「ボランチは下げたくない」
――そのプレスの外し方について、詳しく聞けますか?
「明らかに変えたのは、ボランチの位置ですね。基本的にボランチを落とす作業はずっとやりたくなかった。だから、サイドバックの右上がり、左上がりの形で相手の2トップや1トップの矢印を外して、より良い状態の人から前線へボールを供給していこうと。ボランチを落とすのは後ろに人数を増やす感覚だったので、なるべくなら、それはしたくない。これは僕が監督に就任してから、ずっと選手と共有してきた考え方です。
ただし、清水戦に限らず後半戦の中では、ボランチが下りてもいいと変化を付けました。その代わり、ボランチが下りたら、トップ下もここまで下りて助けてください、と。あるいはサイドバックは必ず中に入って助けてください、と。だけど両ウイング、あの試合で言えばイサカ・ゼインとチアゴ・アウベスは絶対に下がってはいけない、センターフォワードの藤本佳希はできれば下がりたくないけど後ろが困っていたら助けに行ってもいい、と。その辺りは後半戦でずっとトライしていたので、戦前の準備としてありました。自分たちのやり方をいくつも持てるようになった中で、今回は清水がこうやってプレスに来るから、この引き出しを開ける準備をしておこうと、そういう感覚ですね」
――なるほど。「ボランチを下げたくない」という最初の考え方は、縦に入れたボールへのサポートを厚くしたいとか、そういう部分ですか?
「それもそうだし、うちのボランチは前でも関われる力がありますから。特に南秀仁はラストパスも出せるし、実際に甲府戦の決勝ゴールをアシストしたのは彼だった。そういう力のある選手がわざわざ下りて、ゴールから遠くなってしまうのは勿体ない。ただ、前線にボールを供給するのに手間取ったり、奪われてしまったりしたら元も子もないので、後ろでプレーする感覚も優れている南が下りることを許容して、その代わり、つながる人をきちんと作る。そういうプレスの外し方は準備しました」
――ウイングだけは絶対に下げない、というのは相手のディフェンスラインを釘付けにしてスペースを作るロジックですか?
「昔の言葉で言うと「ピン留め」みたいに言っていたけど、僕は「ピン留め」というのがあまり好きではなくて。逆に言えば、留めずに来てくれるんだったら裏に走らせてしまえばいいという考え方です。だからこそ、足の速い2人がウイングにいるし、相手が来てくれるのを待たずに裏を取れるのなら行ってしまえばいい。その辺はシンプルにみんなが考えられるようになっていました。
相手のサイドバックとうちのウインガーの1対1だったら、それはもううちにとってはチャンスだから、どんどんボールを渡していい、あるいは走らせていいよ、と。それはチームの構造として共有していました」……
Profile
清水 英斗
サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』『日本サッカーを強くする観戦力 決定力は誤解されている』『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。