今季の山形はシーズン序盤に8連敗を喫するなど苦しんだが、途中から渡邉晋監督に率いられたチームは見事に復活を遂げた。5連勝を3回飾るなど怒涛の追い込みを見せながら最後はJ1昇格プレーオフ圏内に滑り込むに至った。
今回、渡邉監督には激動となった2023シーズンのピッチ上の現象について、『ポジショナルフットボール』な視点を切り口にしながら細かく振り返ってもらった。
なお、インタビューは合計4本あるが、そのうち①②は8月に収録しながら諸般の事情でこのタイミングでの公開となった。残りの③④はシーズン終了直後に収録している。
「アンカー1枚」を採用しなくなった理由
――渡邉さんは2020年に著書『ポジショナルフットボール実践編 すべては相手を困らせる立ち位置を取ることから始まる』(カンゼン社)を出版し、自身が実践した戦術やチーム作りを広く伝えてくれました。今季は4月からモンテディオ山形の監督に就任しましたが、熱心な番記者さんなど、渡邉さんのサッカーの考え方、「今後は守備4-4-2からの可変が理想」と語ったことなど、あの本で渡邉さんを予習する人がいたと聞きます。実際いかがですか?
「仰るように、記者さんから読んだと言われたことはありましたね。嬉しかったし、興味を持ってもらえているんだなと。仙台の時にトライしたこと、こんなことを考えてチームを作り、ゲームに臨んでいたということを、僕は包み隠さず、中身に興味を持ってもらえたらと思って本を出したので、それが名刺代わりとなり、入り口になってくれたのは嬉しかったし、ありがたかったです。
僕が監督になったとき、何人かの選手が『ナベさんの本買って読みました』って言ってきました(笑)。それはびっくりしました。僕が最初にコーチで来たときも『読みましたよ』と言ってくれる選手はいたんだけど、監督になったとき、まず『この人ってどういうことを考えているんだろう?』ということを知るために買いました、という選手も何人かいましたね」
――ただ一方で、渡邉さん自身は記者さんに聞かれたとき、「あの本を出した頃のベースがありつつも、すでに自分自身が変わったこと、加えたことがある」とコメントしていました。実際、あの本を出してから3年が経っているわけですが、どの辺りが変わってきたのですか?
「1人の選手が『やっぱりアンカーって大事ですよね』と言ってきたんだけど、僕は『いやいや、1枚のアンカーはもう置かないよ』みたいな会話はしましたね」
――中盤の底はアンカー1枚に任せるほうが、縦パスのコースを作ったり、相手を引きつけて周りを楽にする意味でも理想的だと本では仰られていました。ただ、渡邉さんが2021年に監督を務めたレノファ山口でもアンカーを置いたところ、J2では後方を同数にしてでも前線のプレスをマンツーマンでかみ合わせる対戦相手が多く、アンカーを置くことがメリット以上に、リスクのほうが大きくなってしまったと。形にこだわると相手にハマってしまうので、途中でボランチ2枚に軌道修正してから、結果が好転したことがありましたよね。今は山形でもアンカーではなく、ボランチ2枚でやっていますけど、これも山口での経験を踏まえてのことですか?
「そうです。あとは奪われたときのリスクマネージメントも含めてですね。この辺りは一個一個説明していくと、わかる人にはわかるんだけど、表面的なものだけで判断すると、『アンカーがいればいいんでしょ』となってしまう。ある意味では危険なことかもしれないけど、本を出した当時はそれが必要なことだと思って書きました。ただ、僕も移り行く流れを感じながらやってきているので、『今は違うよ』という話もしました。
ただ、そういう駆け引きの前提があるからこそ、『こうなるとアンカーも捕まっちゃうから』という話ができるし、入り口としてはすごく良いと思います。そこから『なぜ?』という部分を深掘りして理解してくれれば、その選手の幅も広がると思っています」
……
Profile
清水 英斗
サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』『日本サッカーを強くする観戦力 決定力は誤解されている』『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。