天皇杯でベスト4、J2で14位というシーズンをどう評価するか。J1まであと一歩に迫った昨季を経て半数近くの主力選手が引き抜かれ、さらにケガ人も続出した中、いい時も、悪い時も、一枚岩で戦い抜いた今季のチーム。最終節前に来季続投が発表された大木武監督の言葉を中心に、地元で長年ロアッソ熊本を追い続けてきた井芹貴志氏が、激動の1年を振り返る。
「本当の力」をコンスタントに出してやれなかった
昨季、4シーズンぶりに復帰したJ2で過去最高の4位でフィニッシュ、J1参入プレーオフ決定戦まで進みながら京都サンガF.C.と引き分け、レギュレーションの壁に阻まれる形で初のJ1昇格を逃したロアッソ熊本。大木武監督体制4年目の今季は、「挑め! 高みへ」をスローガンに掲げ、昨季を上回る結果を目指してスタートした。
リーグ戦前半は8勝6分7敗、勝ち点30の8位と昨年と同じ勝ち点、順位で折り返したものの、後期に入って大きくペースを落とし、最終的には13勝10分19敗、勝ち点49の14位。一方、天皇杯では3回戦のサガン鳥栖戦(4-3)以降、FC東京(2-0)、ヴィッセル神戸(1-1/PK4-3)とJ1勢を立て続けに撃破してクラブ史上初めてのベスト4進出と、新しい歴史を作った。
メンバーを大きく入れ替えて臨んだわけではないにもかかわらず、リーグ戦と天皇杯で対照的な結果となったこの1年間について、大木監督はホーム最終戦後のセレモニーで次のように述べている。
「天皇杯でベスト4に入っても、(昇格争いをしている)清水エスパルスに勝っても、その下のチームに勝てなかった。調子が悪い時が本当の力ではなく、調子がいい時の力が本当の力だと選手には言っている。それをコンスタントに出してやることができたのかを考えると、後悔しかない」
その上で、「選手が常に高いレベルで、100%の力で一定にプレーする、そういうチームを作るのが目標。今年はまったく至らなかったが、来年はそうならないよう、精一杯やる」と力強く結んだ。
昨季のチームから主力選手の半数近くが移籍、また開幕からの17試合で9得点を挙げて攻撃を牽引した石川大地の他、三島頌平ら複数の主力選手が負傷により長期離脱を余儀なくされたことを踏まえれば、昨季の成績を下回ったことがすなわち、チームとしての後退を意味するものではない。むしろ、厳しい条件の中でも底上げを図った成果が天皇杯での躍進に繋がったと見るべきで、大木監督が来季、5年目の指揮を執ることになったのも、そうした選手育成の手腕を評価した上で、継続したチーム作りを目指すというクラブとしての意思の表れだ。
とはいえ、やはり昨季の結果や今季掲げた目標からすると不本意な結果に終わったことは確か。苦しい時期の長かった2023シーズンをどう乗り切ったのか、あらためて振り返ってみたい。
主力が抜けたらお手上げじゃ、話にならない
前述の通り、昨季のチームから主力選手の半数近くが移籍したが、結果を残した選手がJ1クラブや同じカテゴリーの上位クラブに引き抜かれるのは、予算規模が大きくない熊本のような地方クラブにとっては避けられない宿命だ。だからこそクラブは、営業努力と合わせ、アカデミーで自前の選手を育て、あるいは新卒の選手を鍛え、磨いて送り出すという方針を打ち出している。今季ほど多くの主力選手がチームを離れるのは稀なケースだったが、大木監督は意に介さず、筆者が担当したクラブのイヤーブックのインタビューでは次のように述べている。
「シーズンの途中で抜けられると大変ですが、チームとしての新陳代謝は必要ではないかと思います。ずっと同じメンバーでやっていると、良くも悪くもお互いに慣れてしまう。慣れればもっと良いことも出てくるかもしれませんが、悪いことが出てくる場合もある」
「主力が抜けたと言われますが、抜けたらお手上げじゃ、話にならない」……
Profile
井芹 貴志
1971年、熊本県生まれ。大学卒業後、地元タウン誌の編集に携わったのち、2005年よりフリーとなり、同年発足したロアッソ熊本(当時はロッソ熊本)の取材を開始。以降、継続的にチームを取材し、専門誌・紙およびwebメディアに寄稿。2017年、母校でもある熊本県立大津高校サッカー部の歴史や総監督を務める平岡和徳氏の指導哲学をまとめた『凡事徹底〜九州の小さな町の公立高校からJリーガーが生まれ続ける理由』(内外出版社)を出版。