ツエーゲン金沢で7年間指揮を執った柳下正明氏。予算の少ない地方クラブで試行錯誤しながら厳しいJ2の戦いを潜り抜けてきたが、今季は力及ばずJ3降格となり、自身も退任が決まった。柳下氏がこの7年間、時代が移り変わるなかで現場で感じてきたことは何か。前編に続いて後編をお届けする。
「ボールは一個しかない」はオフトも言っていた
――「ボールは1個しかない」というフレーズも監督はよく口にしていました。その真意を教えてください。
「ボールは1個しかないから、たとえば空中にあるときは誰のボールでもないよね。そうしたらボール以外を見る時間がある。ボールだけを見ていても仕方がない。でも、ずっとボールを見ている選手はいるから、周りも見ろって。とくにキーパーはサイドチェンジをされたときに逆サイドがどうなっているのかを見なかったらポジションをとれないし、クロスとかにも狙いをもてない。
それからボールは1個しかないから、ボールをもっている選手がどういう状態かを見ろということ。味方がもっていれば、どういう持ち方をしているかで、どこに顔を出してあげたらいいか、サポートしてあげたらいいかはわかる。うしろで一生懸命『よこせ』と言っててもね。ヒールで出せば別だけど。
相手がボールをもっているときも同じ。ボールホルダーにプレッシャーがかかっているならその周りの選手たちのマークの距離は近くなる。インターセプトを狙えるから。フリーだったらどうする? でも、ボールは1個しかないから、出てくるところは1箇所なんだよね。持ち方とか、最後は足の振り方まで見極めることができれば、ここにくるねとわかる。俺は現役のときからそういうことが得意だった。高校のときにそれを見つけたんだけど、小さいころからの習慣だったのかな。最初はフォワードとか中盤をやっていて、高校になってから下手だからセンターバックをやれって言われた。そうすると見る時間がある。だからどこに出てくるかがわかったんだよね」
――ディフェンダーとしては体が大きくないから工夫したとも言っていましたね。
「相手とぶつかったり競争したりというのでは無理だから。(金沢の選手たちにも)十中八九こっちに出るよねという材料は伝えていたけどね」
今の選手たちは守備ができない
――「ボールは1個しかない」というのは、サッカーの世界ではよく使う言葉ですか。
「使う人はいるよ。オフトも言っていた。ヤマハに臨時コーチできたときから、たぶんそういうことを言っていたと思う」
――特殊なことを言っていたわけではないと。
「普通だよ。全然普通。判断する材料を子どもの頃からいくつか与えられていれば、やりながら増えていくんだけど、そういうことがなかったのかな。小林伸二なんかもよく『(いまの選手は)守備ができない』って言う。大木武ともそういう話をする。たぶん同じことを言っているんだと思う。1対1でできるのは普通なんだよね。でも人数が増えたなかでの守備は、いま言ったことがわかっていないとできない。ボールしか見ていない、自分のマークだけしか見ていない選手はポジションをとれない。まずはそういう原則があって、相手が自分より足が速いとか遅いでも変わるし、置きどころを見て、こっちに蹴られないからこっちだっていうのもわかる。それができない選手を、俺は守備ができないという。そういうことを身につけていないとボールを奪えない」
――ベテランの指導者がそういうことを言うのは、指導の仕方が変わってきているからですか。……
Profile
村田亘
編集プロダクション勤務を経て2013年にフリーに。エルゴラッソの記者、編集部勤務を経て故郷の石川県にUターン。2019年からツエーゲン金沢を中心に取材を続ける。