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プレーパターンの指示は「一度も出していない」。エリース東京FCを関東2部優勝へ導いた、山口遼監督率いる若き指導チームの挑戦_前編

2023.11.06

2023年度の関東サッカーリーグ2部を圧倒的な成績で制し、1部昇格を決めたエリース東京FC。今シーズンからチームを率いているのは、27歳の山口遼監督を筆頭に全員が20代というフレッシュな指導チームだ。彼らはどんなビジョンを掲げ、どのような指導を行っているのか。日本サッカーの将来を担い得る指導陣のチャレンジを追う前編。

 「いや、そうではないです。(試合での)攻め筋と言うのは、全然決めていないので」

 それは筆者にとって、まったく予期していない回答だった。

 第57回関東サッカーリーグ2部後期第8節、エリース東京FC対エスペランサSC戦後の囲み取材。3-1で勝利したエリースはこの試合の前半、徹底的にエスペランサの右サイドを突いてチャンスを創出。中でも、右SBから一気に左ウイングの神田凜星へ展開するシーンは強く印象に残り、前半に挙げた先制点もやはり同サイドの攻めから生まれたものだった。

第57回関東サッカーリーグ2部後期第8節エリース東京FC対エスペランサSCのハイライト動画

 これは間違いなく、チームの方針として狙っていたものだ――そう確信して「あの攻めはプラン通りだったのでしょうか?」という質問を投げかけた筆者は、山口遼監督から発せられた冒頭の言葉に驚きを隠せなかった。外から試合を見ている限り、あの攻撃が明確なゲームプランに沿ったものでないとは、とても思えなかったのだ。

 就任初年度からリーグ戦成績15勝1分2敗、特に後期は9戦全勝と他を寄せつけず独走態勢を築いた山口監督束ねるエリースの指導チームは、いったいどんな指導を行っているのか。

 今回は気鋭の指導陣の中から山口監督(27歳)、Jクラブで仕事をした経験のある桑原徹コーチ(25歳)、東大ア式蹴球部テクニカルチーム出身の木下慶悟テクニカルコーチ(23歳)、高口英成テクニカルコーチ(20歳)の4人に、志向する哲学や指導のアプローチについて話を聞いた。

「選手が今まで持っていなかったものを身につけてもらうような指導」

――まずはリーグ優勝、おめでとうございます。後期は無敗、さらにはベストイレブンに7人が選出されるなど、圧倒的な成績を残したシーズンと言えるのではないかと思うのですが、当事者である指導チームはどう感じられているのか。最初に、それぞれの立場からシーズンの振り返りをお願いします。

山口遼(以下、山口)「1年目であり、なおかつ組織としての体制もメンバーも大きく入れ替えた中で迎えるシーズンということで、難しい部分があるとは思っていました。ただ、それでも集まったメンバーやスタッフの質を考えれば関東2部では優勝しなければいけないし、それも圧倒的な、なるべく優れた数字を残して優勝することをチーム一同、目標として掲げてきました。その目標をクリアできた点に関しては、ポジティブに捉えています」

桑原徹(以下、桑原)「僕の場合は他のメンバーに比べチームに加入するのが遅かったのですが、リーグ戦が始まる前から、そして始まって以降も『圧倒的な内容を示して勝っていこう』ということを常々話していました。そうした中で、僕をはじめとしたテクニカルスタッフ陣より年齢が上の選手も多いのですが、彼らがひたむきにトレーニングに励んでくれたことが、こうした結果を残せた一番の要因だと感じています」

木下慶悟(以下、木下)「テクニカルコーチの役割としては、シーズン中は対戦相手のスカウティングと選手へのフィードバックのサイクルを回すことがメインになります。また、プレシーズンには監督のゲームモデルやプレー原則などが選手に伝わるような動画を作成して、選手に共有しました。プレシーズン中に共有した動画が、後になって効いてきたなという感触があります。それから、僕や高口はサッカー界では何の実績もない中で、プレシーズン中から動画を通して選手とコミュニケーションを取ることができ、一定の信頼関係を築くことができました。先ほど桑原の話にもありましたが、人格的に素晴らしい選手がそろっていてシーズン開幕後もオープンなコミュニケーションを取ることができて、お互いの成長に繋がったと感じています」

高口英成(以下、高口)「木下の話にもあった通り、いち学生の立場である僕や木下に対して信頼を寄せてサッカーについて話を聞いてくれたり、こちらが伝えたことにいいリアクションを返したりしてくれたことが一番大きかったと感じています。同時に、スタッフ陣の間のコミュニケーションも活発で、練習を見て感じたことやチームの課題を練習後、各試合ごとに吸い上げて共有して、次週のプランニングをしていくサイクルを回し続けられたことが、結果に結びついた要因だったと考えています」

――ではここからは、より具体的な指導のアプローチについて伺っていきます。エスペランサSC戦後の囲み取材でお話を伺った際、非常に興味深いと感じたのが「試合中の具体的な戦い方についてはいっさい指示をしていない」という点でした。どういった意図でそのようなアプローチを採られているのか、あるいはどういった内容を伝えていたのかなど、可能な範囲で聞かせてください。……

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エリース東京

Profile

久保 佑一郎

1986年生まれ。愛媛県出身。友人の勧めで手に取った週刊footballistaに魅せられ、2010年南アフリカW杯後にアルバイトとして編集部の門を叩く。エディタースクールやライター歴はなく、footballistaで一から編集のイロハを学んだ。現在はweb副編集長を担当。

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