SPECIAL

戸惑いと成果と。当事者たちが振り返る、ガンバ大阪「ユウキ♥︎ガール」企画の賛否両論――クラブ×サポーターの共創がもたらすもの(前編)

2023.10.31

9月下旬、ガンバ大阪公式HPにあるイベントの開催決定が発表された。その名も……“推し勝”企画『パナスタに集いし ユウキ♥ガール』。ユウキとは、今シーズンからチームの副キャプテンを務め、中心選手として活躍する山本悠樹のことを差している。

開催概要には「本人提供のプライベート写真や直筆フリップの特別展示」、「山本悠樹選手マニアッククイズ大会」、「オリジナル山本悠樹選手グッズをプレゼント」など、さながらアイドルイベントのような内容が掲載されており、サポーターの反応は賛否両論。新しい試みを支持する声もあれば、選手のアイドル視を批判する声もあり、結果的に大きな話題を呼ぶことになった。

企画・運営を担うのは、スポーツ界の将来を担うビジネス人材を育成することを目的として、2021年から開講されている「ガンバ大阪サッカービジネスアカデミー(以下、GBA)」の受講生。彼等にはどのような意図があり、サポーターの反応に何を思ったか。

そして、イベントの顔として、GBAに協力した山本悠樹の考えは――。(※文中、敬称略)

選手をアイドル視するつもりはなかったが……

 SNSに投稿される批判の声を見て、ショックをまったく受けなかった……と言えば嘘になる。万人に受け入れられるイベント内容ではないことは分かっていた。ある程度の批判も覚悟していた。「ただ、想像以上の反響でした。開催発表直後は本当にこのまま準備を進めて大丈夫なのかという気持ちになって……」と、企画の中心メンバーである小山麻耶子(こやま・まやこ)は当時の心境を振り返る。

 「いろんなことを考えて企画したことでも、批判される難しさを知りました。ガンバの社員さんを見ていても思うのですが、様々な業務で忙しそうにされている中で、こうしたイベントの企画や運営を続けていくのは、本当に大変な仕事だなと」

 普段は洋菓子の製造販売を行う会社に勤務し、自宅のある山梨からGBAを受講している小山。BtoCの仕事は初めてではないが、一斉に多くの顧客から批判される経験はこれまでのキャリアにはなかったものだ。

 そうしたJリーグクラブの業務の特殊性に戸惑いながらも、ガンバ大阪社員や友人からの「何をしても批判はついてくるものだから」という励ましもあり、気持ちを強く持ってイベント本番までの準備を進めた。

「サッカー観戦歴は中学生の頃から」と語る小山。出張が多い仕事と並行してGBAでサッカービジネスを学ぶ

 『ユウキ♥︎ガール』企画に対する批判として多かった意見は、“選手をアイドル視すること”についてである。参加者に『ハート形うちわ』を配る本イベントは、一定数のサポーターが考えるガンバ大阪のブランドイメージとは違うものだった。

『ユウキ♥︎ガール』の開催を告知するポスト。賛否両論、500以上のリポストを記録した

 『本人提供のプライベート写真や本人直筆フリップの展示』、『ここでしか手に入らないオリジナル山本悠樹選手グッズをプレゼント』、『山本悠樹選手マニアッククイズ大会開催』……イベントの内容的に選手をアイドル視している企画として捉えられても仕方ないところもあるが、GBA受講生にとって、それは本意ではなかった。小山と共に本企画を推進した古閑浩晃(こが・ひろあき)は意図をこう説明する。

 「純粋に選手の魅力を伝えることが、企画の趣旨でした。決して選手をアイドル化しようとは思っていなくて。特定の選手を推す企画を通じて、スタジアムに来場するキッカケになればいいと思ったのですが、発信する仕方で反省する部分はあります」

 自身も山本選手のファンである小山が続ける。

 「私はプレースタイルに惹かれて、山本選手を応援しているので、イベントでもそこをフォーカスすることは考えました。ただ、プレー面を強調し過ぎると、ライトファン層にとっては(参加の)ハードルが上がる。GBAの講義を通じて新規ファンを増やすには、プレー以外の面をアピールすることも、今のサッカー業界には必要ではないかと考えました。けど、結果的にはアイドル企画として見えてしまった部分はあるかもしれません」

イベント参加者にプレゼントされた「ハート形うちわ」

 GBA受講生の2人が話すように、本企画は新規ファン開拓を意識した『集客』を目的としている。コロナ禍以降、スタジアム来場者数を増やすことに苦心しているのは、クラブが抱える課題としてファン・サポーターも認識しており、その点にはおいては『ユウキ♥︎ガール』企画を支持する声も多かった。

 事実、このイベントは定員40名に対して159名からの応募を集めている。集客に効果があることが証明されたのは、批判の声に不安も覚えていたGBA受講生を安心させる材料になった。

 古閑はこの結果を「ポジティブな意味での想定外もあった」と分析する。

 「ガンバは女性の来場者比率が低いので、女性をメインターゲットとして企画を検討しました。イベント名に『ガール』と付けたのも、そのためです。ただ、実際の応募者データを見ると、男性比率が想像以上に高かった。これは嬉しい驚きで、同趣旨のイベントを今後開催する時の参考になると思います」

ゴール裏で応援するサポーターとしての顔もある古閑。家電の設計開発を行う会社に勤務している

サプライズで本人登場

 『ユウキ♥ガール』開催当日。女性だけではなく、男性、親子……幅広い客層の参加者が集まったイベントは、終始穏やかな雰囲気で進行された。

 山本選手本人によるメッセージVTR上映から始まり、同日開催されたJ1 第30節 名古屋グランパス戦に挑む選手たちのスタジアム入りをお出迎えした際は、山本選手のみ別動線でロッカールームに向かい、イベント参加者への挨拶を行う粋な計らいに歓声があがる場面もあった。

『ユウキ♥ガール』開催時の様子。司会進行をはじめ、大半の運営はGBA受講生のみで行われた

 オリジナル缶バッチが購入できるガチャガチャ(有料)は準備した100個が完売し、山本選手へ贈呈される横断幕への寄せ書きには熱量の高いメッセージが続々と書き込まれた。参加者の楽しむ姿に「これまでの人生の中で、最もやりがいを感じた仕事の1つ」と、小山は充実感を滲ませる。

準備した100個が完売した缶バッジ。グッズの制作・発注もGBA受講生が担っている

 そして、最後には試合を終えたばかりの山本選手がサプライズで登場し、盛り上がりは最高潮に。予期せぬ本人登場に誰しもが興奮を隠しきれぬ状態のまま記念撮影が行われ、イベントは無事終了した。

サプライズ登場した山本選手。試合後の疲れを感じさせないフレンドリーな対応で参加者たちを喜ばせた

 GBA受講生は、このイベント運営をもって年間のカリキュラムは一段落。残すは実施報告会を含む修了式だけとなるが、古閑は「スポーツ業界に転職するつもりはない」ことを前提としつつも、その先を見据えている。

 「今回のイベントはトライアル的な要素もあり、大きな収益はありませんでした。『ユウキ♥ガール』に参加してもらった方のスタジアム来場回数を今後どのように増やしていくのか。選手個人を推す企画にポテンシャルがあることをふまえて、今後の企画にどのように活かすのか。本当の意味でこのイベントを評価するのは、もう少し先になると思います」

 古閑の言葉を隣で頷きながら聞いていた小山は、より当事者意識をもってイベントを終えた所感を語る。

 「私は転職も視野にGBAを受講したので、今回のイベント運営を終えて、その気持ちがより強くなりました。『自分にはJリーグクラブの仕事はできないかもしれない』と思った時もありましたが、イベントを終えた今は本当にやりがいしかなくて。自分と好きなものが同じお客さんと触れ合える喜びは、今の自分にとって一番大きなものです。機会があれば、そういったこと(ガンバ大阪への転職)も考えています」

「僕たちの仕事はサッカーをすることだけじゃない」

 “主役”は『ユウキ♥ガール』企画をどのように捉えていたのか。

 イベント開催から3日後の10月24日。午前中の練習を終え、インタビュー取材に対応してくれた山本悠樹は、一連の賛否両論に対して「そんなに厳しく考えなくてもいいんじゃないかと思いましたけどね」としつつ、反対意見への理解を口にする。

 「僕もSNSでの意見は軽く見ましたけど、試合中に黄色い歓声ばかりになって、スタジアムの雰囲気が変わってしまうとか、そういう影響を心配するのは分かります。ただ、今回イベントに参加いただいた皆さんはそうではなかったと聞いています」

 むしろ、山本個人としては「本当に自分でいいのか?」という方が問題だった。最初に企画を聞いた時は、直前に結婚発表をしていたこともあり、「(福田)湧矢の方がいいんじゃないですか?」とクラブに何度も確認したが、最終的には妻からの「え~!なんかいいやん!みたいな軽い感じの(笑)」後押しもあり、オファーを受諾した。

 協力を決めたからには、企画者であるGBA受講生のリクエストにはできる限り応えた。幼少期や学生時代の写真を提供し、マニアッククイズ作成用のインタビューではプライベートな質問も「知りたいと思ってくれる人がいるなら」と答え続けた。コロナ禍にプロ入りしたからこそ、ピッチ外の活動の重要性を強く意識している。

今シーズン、囲み取材時の私服がSNSで話題になる山本。「それでクラブに興味をもってもらえるのであれば(笑)」と笑顔

 「『ユウキ♥︎ガール』のようなイベントの積み重ねがクラブを良い方向に導くのであれば、僕たちの仕事はサッカーをすることだけじゃない。GBAの皆さん、ガンバの社員さんが考えてくれた企画の力になりたいと思います。僕はコロナ禍(2020年)にガンバに加入して、ファン・サポーターと触れ合うことがなかったこともありますし、実際に応援してもらっていることを直接感じる機会があると、気持ちが引き締まるというか、より一層頑張ろうと思います」

 だからこそ、『ユウキ♥︎ガール』の終盤にサプライズ出演した際も、試合に敗戦した悔しさは残っていたが、「せっかく参加していただいている中、暗い顔で出演するのは失礼」と明るく振舞った。

 「試合に負けていたので、参加していただいた皆さんが暗い顔をしているんじゃないかと不安でした。寄せ書きも、大学の頃にユニバーシアード(大学の日本代表)に選出された時にもらった以来で嬉しかったです。ビックリしたから、良いリアクションはできていなかったと思うんですけど(笑)」

『ユウキ♥ガール』参加者による横断幕への寄せ書きの様子

 ガンバ大阪は昨シーズンから『日本を代表するスポーツエクスペリエンスブランド』を“目指すゴール”として掲げ、事業の活性化を図っている。『ユウキ♥︎ガール』もその一環であり、さらなる活性化には選手の協力は必要不可欠な要素となる。

 その点において、山本は頼もしい存在だ。ピッチ上で見せる視野の広さを事業面でも発揮する。

 「コロナ禍も明けて、本格的にクラブが新しい挑戦をしているのは感じます。特に若者を中心とした新しいサポーターの獲得ですよね。みんながサッカーを好きでパナスタに来る訳ではないので、『ユウキ♥︎ガール』も価値がある試みだったと思います。古き良き時代を守るだけじゃなく、変わらないと時代に置いていかれるところもある。何をしても賛否は出てくるので、正しいと思ったことを一生懸命やることが大事になるのかなと」

 無論、Jリーグクラブの経営が事業面と競技面の両輪で成立していることは理解している。事業面への貢献だけではなく、“勝つこと”が、なによりもクラブのためになる。

 「試合翌日にサイン対応やイベント出演で社員さんと一緒になることも多いのですが、試合結果によって(社員の)表情が全然違うんですよ(笑)。そういうところからも、クラブにとって勝つことが最も喜ばれることであるのは分かっています。今シーズンは残り数試合ですが、来シーズンに繋げるという意味では重要な準備期間でもあります。1分1秒を無駄にせず、向上心をもって、より高みを目指そうと思います」

Photos:(C)GAMBA OSAKA , Koichi Tamari

※記事後編では、ガンバ大阪 経営企画部 部長 竹井学氏のインタビューをお届けする。GBAを統括する立場から考える、クラブと受講生との共創施策が加速する運営3年目の進化とは。

後編はこちら

footballista MEMBERSHIP

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

RANKING