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エデン・アザールとは、トップの中のトップには珍しい“凡人的超人”だった【引退によせて】

2023.10.21

稀代の名ウインガーが32歳でピッチに別れを告げた。リール(2007-12、チェルシー(2012-19、レアル・マドリー(2019-23で数々のタイトルを獲得し、ベルギー代表(2008-22でも126試合33ゴール36アシストを記録。だが一方で練習、食生活、言動など、すべてが完璧ではない人間臭い姿がまた、全盛期を過ごしたイングランドの庶民には魅力的に映ったという。西ロンドンで「最高」のアザールを見届けた山中忍さんが綴る。

「プレミア最高」であり続けた7年間の快演

 去る10月10日に現役引退を発表したエデン・アザールは、“ある意味”で理想的なプロ選手だった。32歳でスパイクを脱ぐ決意を固めたベルギー人ウインガーには、潜在能力を最大限には開花させられなかったという見方もあるにはある。今夏に、1年前倒しで契約終了というレアル・マドリーでの幕切れが訪れた背景として、移籍後の過去4年間を暗く塗り潰した負傷だけではなく、以前からの姿勢に関する問題が指摘されてもいる。だが実際には、「模範的」ではなかったからこそ余計に「魅力的」だった。現役キャリアの最盛期となった、プレミアリーグでの7年間を見続ける幸運を得た者の1人としては、そう思える。アザールという稀代のタレントは、トップの中のトップには珍しい“凡人的超人”だったのだ。

 2012年夏からのチェルシーでの7シーズン、計352試合出場で110ゴール92アシストのエースであり続けた最大の理由が、元サッカー選手を両親に持つサラブレッドの才能であったことは言うまでもない。チームとして10位低迷に終わった2015-16シーズンを除けば、「プレミア最高」でもあり続けたワールドクラスには、攻撃の選手としてできないことなど何もないかのようだった。

 ドリブル突破による快演は、自軍コートから敵を一網打尽にしたアーセナル戦(2017年)だけではなかった。シュートも多彩。カーブも絶妙なダイレクトシュートをトッテナムのゴール右上隅に放り込んだかと思えば(2016年)、リバプールとのリーグカップ戦(2018年)では逆の右サイドから切り込んで対角線上に鋭く突き刺しているように。小柄な左ウインガーがキックオフから5分足らずでヘディングシュートを狙う姿を目撃したのは、当時はプレミアにいたサンダーランド(現2部)とのアウェイゲームだった(2013年)。

 パスを選択した場合も名人級だった。試合自体はスコアレスドローに終わったのだが、2013年のアーセナル戦でのラストパスもその1本。相手監督だったアーセン・ベンゲルが、チェルシーを迎えたホームゲームの観戦プログラム上で、「堪能できるサッカーというプレゼントを贈る季節がやって来た」と述べていたクリスマス前の一戦。アザールがふわりと浮かせたボールを、フランク・ランパードがボレーで捉えてバーを叩いた一場面は、90分間で最高のクオリティだった。明くる2014-15シーズンの全38試合先発をはじめ、プレミアでの出場数が30試合を下回ったシーズンのないアザールは、重心の低さと体幹の強さでイングランドにおけるフィジカルに耐える力も備えていた。

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イングランドエデン・アザールチェルシープレミアリーグベルギー代表

Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

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