「疑似カウンター」「カットバック」「ハイライン」…エメリの戦術的特徴からたどるアストンビラ新戦力の現在地
昨季のプレミアリーグを7位で終えたアストンビラはECL出場権を獲得。13年ぶりとなる欧州カップ戦への参加に向けて、今夏は推定9300万ユーロを投じてユーリ・ティーレマンス、パウ・トーレス、ムサ・ディアビ、ニコロ・ザニオーロ、クレマン・ラングレの補強に成功した。2023-24シーズン開幕から1カ月半余りが経った今、新戦力5人の現在地を“分析オタク”として知られるウナイ・エメリ監督の戦術的特徴から探っていこう。
今夏のアストンビラの移籍市場での振る舞いは完璧に近かった。
昨季終了から間もない6月10日にレスターを契約満了で退団していたベルギー代表MFユーリ・ティーレマンスをフリーで獲得すると、7月12日にビジャレアルから推定3300万ユーロでスペイン代表DFパウ・トーレス、同22日にレバークーゼンから推定5500万ユーロでフランス代表FWムサ・ディアビを完全移籍で獲得した。
プレミアリーグ開幕以降に1年の期限付きで加入したイタリア代表MFニコロ・ザニオーロ(レンタル料推定500万ユーロ)とフランス代表DFクレマン・ラングレはエミリアーノ・ブエンディアとタイロン・ミングスが、開幕前後でシーズン絶望の大ケガを負ったことで動いた「緊急補強」であったことを踏まえると、今夏のメイン補強はプレシーズンのアメリカツアーでの試合が始まる7月24日までには完了させていたことになる。
今夏に獲得した5選手には「欧州カップ戦での経験」という共通点がある。今季UEFAヨーロッパカンファレンスリーグ(ECL)に臨むアストンビラには、久々の欧州コンペティションということもあって週2試合の過密日程や長距離移動に慣れていない選手が多い。そうした中で彼らとUEFAヨーロッパリーグ(EL)を4度制した経験のあるウナイ・エメリ監督の存在は非常に大きい。
ハイリスク・ハイリターンなエメリ戦術3つの特徴
昨年11月よりアストンビラを指揮するエメリは、W杯の中断期間も上手く使ってチームを大幅にアップデートさせた。それは成績に表れており、2023年に限って、プレミアリーグでアストンビラより多くの勝ち点を獲得したチームはマンチェスター・シティしかいない。アーセナル、リバプールと並んで28試合で55ポイントを稼いでいる。
それを可能にしたのが「ハイリスク・ハイリターン」のエメリ監督の戦術だ。攻守における戦術的特徴を新加入選手との相性と合わせて解説していく。
戦術的特徴①「疑似カウンター」
ボール保持時の基本的な狙いは「疑似カウンター」だ。相手FWをあえて自陣深くに引き込み、それを嘲笑うかのような縦パスやフィードで一気に盤面をひっくり返す。最終ラインからボールを受けた選手はレイオフやターンなどの個人技で前を向いて、そこから一気に縦に速い攻撃を仕掛ける。その際に誰がどこに立っているかというのが整理されているため、優れた動き出しで相手の守備が行き届く前に攻撃を完結させることができている。
一方で、この「疑似カウンター」にはハイリスクが伴っている。当然ながら、自軍ゴールに近い位置でのパス回しとなるため、相手のプレッシャーに引っかかればあっさりとゴールを決められてしまう。スタメン級の選手たちはこの戦術に慣れているため、就任当初から比較をするとかなりミスが減ったが、控え組が試合に出ると露骨にピンチが増える現象が見られる。特に2番手GKのロビン・オルセンはクラシカルなシュートストッパーであり、相手のプレッシャーがかかる場面で状況判断を誤る場面が多い。この弱点をなくすためには、オルセンに代わる繋ぎが得意なGKを獲得するか、初めからリスクを避けて蹴る、もしくは全試合をエミリアーノ・マルティネスで戦うかの3択になる。
そうしてボールを繋ぐことにおいて、パウ・トーレスほど優れたCBは世界中を探してもほとんどいない。常に顔を上げながら出し手を探し、相手のプレッシャーも重心の逆を突くドリブルで簡単に出し抜いてしまう。
特に縦パスやロングフィードの精度は世界屈指だ。第6節時点で彼を起点としたゴールやチャンスは数多くあり、結果的にはオフサイドとなったが第5節クリスタルパレス戦では見事なタッチダウンパスで決定機を演出。ECL予選プレーオフのハイバーニアンとの2ndレグでも左足インフロントからダイレクトで絶妙なスピンをかけ、相手GKとの1対1を制したジョン・デュランの足下にピタリと合うカーブボールを送り込んでみせた。
開幕当初のエメリ監督はこのビジャレアル時代にも指導したモダンなCBを、じっくりとプレミアリーグに馴染ませる予定だった。自らが契約延長を打診するなどミングスを高く評価していたスペイン人指揮官は、プレシーズンからパウ・トーレスを左SBとして起用していたからだ。ところが、開幕戦でミングスが膝の前十字靭帯断裂の大ケガを負ったことで想定より早くCBとして起用することに。当初はチームメイトとの連係面で課題を残していたが、強度にも慣れてきており開幕から1カ月程度で持ち味である球出しの部分では違いを作れている。
戦術的特徴②「カットバック」
「疑似カウンター」で触れた「立ち位置の整理」の1つが、深い位置からマイナスにクロスを上げる「カットバック」だ。相手のサイドを攻略した際にストライカーのオリー・ワトキンスを頂点に2人の選手がボックス内に入る決まりごとがある。実際にこの形から幾度もネットを揺らしており、エメリ監督の手腕が発揮されている場面と言えるだろう。
上記の縦に速い戦術に快速FWで知られるムサ・ディアビは瞬く間にフィットした。[4-4-2や4-2-3-1]と表記されるアストンビラのシステムだが、攻撃時はディアビが右寄りの1.5列目の立ち位置を取っている。
英紙『テレグラフ』のジョン・パーシー記者によると、エメリ監督は獲得前にディアビとのZoom会談にて具体的にどのポジションでプレーするのか、それがどのような効果をもたらすかを説明したそうだ。
戦術家の狙いは見事にハマった。彼のオフザボールの上手さと自慢のスピードを生かして何度も右のハーフスペースを攻略している。1ゴール1アシストを記録した第3節バーンリー戦は、まさにディアビをこのポジションに配置する意味とエメリ監督の熟練された「カットバック」が発揮された試合だった。……
Profile
安 洋一郎
1998年生まれ、東京都出身。高校2年生の頃から『MILKサッカーアカデミー』の佐藤祐一が運営する『株式会社Lifepicture』で、サッカーのデータ分析や記事制作に従事。大学卒業と同時に独立してフリーランスのライターとして活動する。中学生の頃よりアストン・ヴィラを応援しており、クラブ公式サポーターズクラブ『AVFC Japan』を複数名で運営。プレミアリーグからEFLまでイングランドのフットボールを幅広く追っている。