薩摩が生んだ国内きっての智将・片野坂知宏が語るJ1リーグ・18人の監督像~前編~
シーズンも佳境に入りつつある2023年シーズンのJ1リーグ。国内最高峰のステージでは、生き馬の目を抜くような厳しい戦いに身を投じた手練手管の指揮官たちが、あの手この手を駆使して勝ち点の獲得に奔走している。今回は自らも大分トリニータとガンバ大阪でJ1での指揮を経験し、現在は解説者としても丁寧な語り口に定評のある片野坂知宏に、今季のJ1を戦う18人の監督を独自の視点から分析してもらった。前編ではヴィッセル神戸、横浜F・マリノス、名古屋グランパス、セレッソ大阪、浦和レッズ、FC東京の6チームを取り上げる。なお、聞き手は片野坂への取材経験も多い、おなじみのひぐらしひなつが務めている。
「選手の良さを上手く噛み合わせて引き出している」
ヴィッセル神戸・吉田孝行監督
――今日はJ1の18チームの監督たちを軸に、各チームについてお話を伺いたいと思います。まずはヴィッセル神戸から行きましょうか。吉田孝行監督です。
「ヴィッセルは選手ひとりひとりの能力がすごく高いので、吉田監督はその選手に合うサッカーをしているイメージですね。いろんなインタビューを聞いたり記事を読んだりしていても、細かいことを言うより、自分たちがどういうふうに相手に対して上回っていくかというところをやるような感覚です。
ヴィッセルが強くなったのも、大迫や武藤といった選手たちが入ってきて、強度の高い、現代サッカーで大事とされるインテンシティやスピードの部分を取り入れた中でプレーさせて、いいサッカーをして結果を出しているのは、やっぱり吉田監督がチームの選手の良さを上手く噛み合わせて引き出しているからだ、という感じを受けます。
攻撃に関しては選手のアイデアや強さを生かして、速い攻撃もあるし前からハメてのショートカウンターもある。ビルドアップというよりは、起点となる大迫の長所を使って攻撃を構築している。そんなふうに、選手のストロングポイントを引き出していますよね」
――ヴィッセルはいろんな監督が指揮をされて、なかなか結果が出なかったですが、吉田監督の何度目かの就任で結果が出始めましたね。
「サッカーを変えたということじゃないでしょうか。大迫や武藤を補強して、齊藤未月が入ってきたり、山口蛍や酒井高徳がいたり。汰木やパトリッキと、個人の能力の高い選手をしっかり11人固めた中で、このメンバーでやるサッカーだったら、と考えると。
いままで積み上げてきたバルサ化のサッカーやイニエスタやサンペールがいるときのような、ボールを動かしてしっかりと自分たちが保持してサッカーをするというよりも、いまの現代サッカーは強度が高くて“前プレ”、切り替えが早く、奪った瞬間に速い攻撃で仕留めるという、そういう方向転換をした中で、しっかりこのメンツにハマっています。多分、吉田監督がいまベストな戦い方をしていて、そこでのクオリティで相手を上回れる選手がいるから、結果につながっているのだと思います」
――つまり、スタイル優先というよりは戦力優先という。
「そうだと思います」
――ヴィッセルでそれをやるのはもったいないような気も(笑)。
「そうですね。でも、もったいない部分もありつつ、そういうやり方だと選手がある程度、自分たちでこうしようとか、力を出すためにピッチの中で話し合うことで、一体感が生まれるというのもあるんですよね。だからパワーを出しやすくなる。ある程度の決まりごとも大枠ではあると思うんですけど、細かい決まりごとがないということになれば、ポジションの中で選手間の関係性をもって攻撃でも守備でも出来るようになるんですね」
「得点を取るというところを作っていくサイクルを徹底している」
横浜F・マリノス・ケヴィン マスカット監督
――では2位の横浜F・マリノス。ケヴィン・マスカット監督です。
「F・マリノスはアンジェさん(ポステコグルー監督)のときから戦い方が定着しています。[4-3-3]で左右WGの強みを生かす。SBが位置的優位を取ることでどちらかが幅を取って、そこからスピードアップして、敵陣に入ったり押し込む状況を作って得点を取るというところを作っていくサイクルを徹底しているところがすごいですね。
そしてその戦術を徹底して、とにかくインテンシティが高いことと、攻守の戦い方がしっかりベースとしてあるので、その基準に達している選手が試合に出るというかたちで、誰が出てもスタイルとか戦い方は変わらない。そこがF・マリノスの強みですよね。
能力も質も高い、強度のある選手が揃ってもいるんですけど、相手が3バックだろうが4バックだろうが関係なく、自分たちはこの戦い方をするというのが定まっています。ハイプレスハイライン、奪ったらサイドを生かした速い攻撃。SBが内側を取ったらWGは外、WGが内側に入ったらSBは外と、2人のサイドの関係はユニットで決まっていて、必ず誰かが幅を取ることも決まっている。やり方が決まっていれば反応も早くなるし、戦い方もスピードアップできる。そこに必ず選手がいるというのがわかっていれば、見なくてもパスを出せる。そういう反射的な部分では、やっぱりF・マリノスがいちばん速いんじゃないでしょうか」
――選手の特長ありきでスタイルを決めたヴィッセルとは逆に、明確なスタイルを持って再現性の高いサッカーをしているF・マリノスですが、相手に対策されても上回れる理由はどのあたりでしょうか。
「そこはもう個人の質のところだと思います」
――片野坂さんも2020年に大分で「相手がわかっていても上回れるようにしたい」と目指していました。それも個の質を高めるイメージだったんでしょうか。
「そうですね……、まあ、個のところで上回れればいいんですけど、それは難しいので、僕はスピードを上げたかったんです。[3-4-2-1]システムでやる中で、ビルドアップの動かしのところでボールをつなぐということと、シャドーとWB、FWの立ち位置がある程度、相手が[4-4-2]でも[4-3-3]でも、[3-4-2-1]のミラーになったとしても、そのポジションを取っていればそこに選手がいて、WBにボールが入ったら、中は相手も厳しく守備をしてくるから、サイドに持っていったときにそこの反応を上げて、どういうふうにアクションして、そこをスピードで上回ることによって相手の守備をかいくぐって、ひっくり返して得点しに行く、というところをやりたいなと。相手がどういうふうに対策してきても、そこの質とスピードを上げれば上回れるんじゃないかというところで考えて、多分、そういうことを言ったのだと思います。
でも、本当に、サッカーのスピードが上がると思っていたし、そこを求めないと、と。パススピードもそうですが、ランニングの反射のスピード、3人目だとか、マークしてくる相手DFよりも先に動く、先手を取るというところもスピードだと思うので。それは行くだけじゃなくて戻るスピードもそう。すべての反応のスピードを上げないと、やっぱり得点を取るとか守るとかというのは今後は難しくなると思っていたので、そこを選手に求めて、高められるようにトライしたんですけどね……」
――伸びしろのある選手もなかなか成長のスイッチがオンにならないところがあったり。
「そうですね(苦笑)。マンチェスター・シティとか本当にすごいですよ。J1であそこまで求めるのは無理だとも思いますけど、でもあれくらい速くないとトップトップでチャンピオンになるというのは難しいんだなと。だからこそポジショナルプレーにおいても、あれだけ反応やスピードが早ければ上回ることが出来るんだなと感じましたね」
――最近はもう、システムがどうとかいうのがなくなってきている感じがあります。試合を見るのも難しいので、以前とは違って「このエリアでこんな感じ」といった具合に、もっとざっくり見るようにしているんですけど。
「F・マリノスも一応[4-3-3]でやってWGが幅を取っているんですけど、そこはもう流動的ですし、SBと関係を持ってくるくる回ったり、喜田とか渡辺皓太とか西村とかもサイドで数的優位を作ったりして、ポケットを狙い、抜けるときには必ず近い選手が抜けるようになっている。それがSBでもいいし喜田や渡辺でもいいし西村が関わっているのであれば西村でもいい。誰ということは決めていないけど必ずここに入ったらここに抜けようよ、抜けたあとに出してもいいし、空いたスペースを使ってもいいし、という感じで。そこは右サイドのユニットで攻略してポケットを取ることを優先しながらゴール前に運んでいこうということが大枠で決まっていて、細部はある程度、選手たちに任せているのだと思います。
F・マリノスはやっぱりそこが強みだと思いますし、サイドの崩しやクロスも質が高く、クロスを上げる選手も水沼宏太、エウベル、ヤン・マテウス、そして井上健太も頑張っていますよね」
――ポステコグルー監督が抜かれたあと、マスカット監督体制に非常にスムーズに移行できたのも、型が決まっていたところなんでしょうか。
「そうだと思います。アンジェさんの積み上げてきたものをまた継続性を持たせて。マンチェスター・シティグループの戦術でやれる監督を選考した中でのマスカット監督就任だったと思いますし、加入する外国籍選手もシティグループのいろんなデータを見て選ばれているというところもある。そのへんの選手・監督選び、戦術の徹底で、継続してF・マリノススタイルをやっていくのは、やっぱりすごいですよね」
「ここは絶対やってくれというところに関しては、絶対に徹底される方」
名古屋グランパス・長谷川健太監督
――では、3位の名古屋グランパスです。かつての上司でもある長谷川健太監督ですね。
「いやあ、すごいですよ、健太さんは」
――やることがずっと変わっていないように見えるんですけど、細かい部分では変化はあるんですか?
「それこそ先日、セレッソとグランパスの試合を解説するときに、前日に健太さんにLINEしたら電話がかかってきて(笑)。試合前だったんですけど少し話をしたんですよ。
健太さんも、グランパスに行ってからの1年目はすごく大変だったと言っていました。健太さんのサッカーは堅守速攻でファストブレイクで、やっぱりカウンターで速い攻撃というのが特長ですし、しっかりと守ることを徹底する守備戦術を持っています。グランパスは前任のフィッカデンティ監督のときから堅守を継続してきた中で、堅守速攻の“速攻”の部分、攻撃のほうで得点がなかなか出来なかったらしいんですね。
それでFC東京から永井謙佑が入ってきたりして、永井がスピードやチャンスメイク、自分で仕留めるということが出来るようになった。1年目は苦しんで、永井が入らなかったら残留争いをしていたかもしれないともおっしゃっていました。やっぱり、クラブが健太さんのサッカーに合う選手をしっかり獲得しているのと、その合うサッカーの中で選手のカラーをしっかりと生かすやり方をするのが、健太さんはさすがだと思いますね」
――型がはっきりしていることで、入ってくる選手のほうもイメージしやすいんでしょうか。すごくオーソドックスなところを押さえたスタイルに見えますが。
「うん、すごくはっきりしているので。ただ、守るときもただブロックを作るだけではなく、前から行ってハメることもするんだけど、剥がされたらここに戻るということは多分、決まっていると思います。で、より前線のタレントの質とスピードを生かす。ユンカー、永井、いまはいなくなりましたけどマテウス。この3人だったらある程度スペースがあったほうが特長を生かせる。そうなればちょっとラインを下げて構えて、奪った瞬間にカウンターというのが有効になりますよね。
ユンカーもスピードがあってスペースがあると生きる。永井もそう。マテウスはボールを持ったときの崩しやドリブルでの仕掛けでスペースがあるほうがいい。そういうところを狙ってやっているカウンターはやっぱり鋭いものがあるし、健太さんもカウンター攻撃に関しては自分の強みだと考えていると思います」
――先日、長沢駿選手と話をしたときに、長谷川監督もあまり細かいところまでは戦術を固めず、選手の自主性に任せるほうだったと言っていました。それにはピッチ内でリーダーとなる選手が不可欠で、ガンバ大阪では遠藤保仁選手がそういう存在だったと。
「いまのグランパスなら稲垣とか中谷ですね。永井も健太さんとFC東京で一緒にやっていますし、自分でもわかると思うので、そういうのを選手に伝えたりすることはあると思います」
――長谷川監督は豊富な実績もお持ちで、監督たちの間でもリスペクトされていますよね。あの独特な威厳の正体は何なのでしょうか。……
Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg