全局面を司るベリンガムの衝撃。いよいよ“モダンフットボール化”へと舵を切ったレアル・マドリーの戦術分析
2022-23はコパ・デルレイの1冠に終わり、絶対的エースFWだったカリム・ベンゼマが退団。大きな転換期を迎え開幕前からその動向が注目されたレアル・マドリーは、蓋を開けてみれば開幕から絶好のスタートを切ることに成功した。いきなり大車輪の活躍を披露している新戦力ジュード・ベリンガムをいかにチームへと組み込もうとしており、昨季までのチームとはどのように変化しているのか。元東大ア式蹴球部テクニカルスタッフで現在はエリース東京FCのテクニカルコーチを務めるきのけい氏が分析する。
第2次カルロ・アンチェロッティ政権は3シーズン目に突入した。2シーズンの指揮で惜しまれながらもクラブを離れた第1次政権と合わせると、今季ラ・リーガ第5節のレアル・ソシエダ戦(○2-1)で通算勝利数は“173”となり、ジネディーヌ・ジダンを抜いてクラブ史上2番目に多くの勝利を挙げた監督となった。しかし、そんな百戦錬磨のアンチェロッティにとっても、今季は非常に難しいシーズンになると予想される。レアル・マドリーは現在、複雑な状況に直面している。
ゲームモデル型アプローチへの移行。ラストピースはベリンガム
今夏、多くの選手がクラブを退団した。ヘスス・バジェホ、アルバロ・オドリオソラ、マルコ・アセンシオ、エデン・アザール、マリアーノ・ディアス。そして何よりも大きなダメージは、周知の通りキャプテンでありエースストライカーでありバロンドーラーでもあったカリム・ベンゼマの退団だろう。ここ10シーズンにおける5度のCL優勝すべてで絶対的な役割を担ってきた選手がいなくなれば、否応なしにチームの再構築を強いられる。
そしてクラブ関係者やマドリディスタを絶望の底に突き落としたのが、ティボ・クルトワとエデル・ミリトンの長期離脱である。この大黒柱2人はともにシーズン開幕時に前十字靭帯断裂の重傷を負い、復帰の目処が立っていない。シーズン最終盤に戻ってくることができれば奇跡的だが、当然それに期待するわけにもいかない。
そもそもアンチェロッティが再就任してからの2シーズンは、歪なスカッド構成であった。
近年、戦術的ピリオダイゼーションやゲームモデルといった概念が知られるようになった。特定のフットボールを追求するようなゲームモデルを持つ監督を招聘する強豪クラブが増え、ゲームモデルを体現可能な選手の補強を監督がクラブに要求し、彼らはそうした選手たちでスカッドを構成することで結果を残してきた。長期政権を築きつつあるマンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラとリバプールのユルゲン・クロップはその代表格と言えるだろう。
一方のレアル・マドリーは特殊なクラブである。ここ数シーズンの補強戦略としては、いわゆる“銀河系”と呼ばれるような世界最高峰のスター選手の獲得は控え、代わりに特大のポテンシャルを秘めた若手選手の獲得に路線を変更。プレミアリーグの強豪クラブに資金力で太刀打ちできない、あるいはコロナ禍でも黒字経営を維持したいといった要因が考えられるが、いずれにせよ補強を主導するのは監督ではなくクラブである。クラブの実権を握るフロレンティーノ・ペレス会長の意向により、フェデリコ・バルベルデ、ビニシウス・ジュニール、ロドリゴ・ゴエス、エドゥアルド・カマビンガ、オーレリアン・チュアメニなど、コレクティブでアスリート能力の高い選手たちが集められた。その結果、彼らとベンゼマ、ダニエル・カルバハル、ルカ・モドリッチ、トニ・クロースらボールプレーを得意とするヒエラルキーの高い重鎮たちが混在するスカッドが形成された。仮に特定のフットボールを追求するのであれば、選手の特徴やコンディションなどの多くの側面で不ぞろいであった。
ただ、アンチェロッティはエコロジカルなアプローチに定評がある監督である。すなわち確固たるゲームモデルに連れてきた選手を当てはめ、プレー原則を落とし込むことによって選手たちの自己組織化を促すのではなく、今いる選手たちの最適な組み合わせ、最適なバランスを模索しながら、自然な自己組織化を促すことに長けた監督である。よって彼はその手腕を発揮し、特に再就任して1シーズン目はチームをうまくマネージメントすることに成功した。戦術面において具体的には、モドリッチやクロースといったベテランをスタメンとして起用し、試合後半に強度の高い若手を投入するというものであった。とりわけCLの舞台でこの戦い方は猛威を振るい、数々の強敵をなぎ倒して14度目の戴冠を果たした。
しかし2シーズン目はその歪なスカッド構成が、特にリーグ戦の取りこぼしに繋がった。各ポジションに異なる特徴の選手を抱えることは、1試合単位で見れば試合の中で柔軟に戦術を変更できるという大きな利点がある。しかし1シーズン単位で見た時には各選手のコンディション調整やそのためのローテーションが不可欠であり、当然毎試合柔軟な采配ができるわけではない。ピッチで表現できるフットボールのスタイルが起用選手によってどうしてもぶれてしまい、モドリッチやクロースを中心とする静的でクローズドなフットボールと、バルベルデやカマビンガ、ロドリゴを中心とする動的でオープンなフットボールとの狭間でプレーの再現性を失うという問題を抱えることとなった。ベテランを重用しつつも後者のフットボールを目指して最善の落としどころを見つけたかのように思われたが、CLではマンチェスター・シティに再現性と強度の大きな差を見せつけられる形で惨敗し、一昨シーズンのリベンジを許した。
そして3シーズン目の今季はここまで、クラブ側が意図していると考えられる後者のフットボール、もっと言えばアスリート能力の高い選手たちによる、ポジショナルプレー志向のボール保持と強度の高いハイプレスを主体とするボール非保持を高い次元で兼ね備えたフットボールを目指しているように見える。レアル・マドリーの従来の強みである戦術的柔軟性をできる限り残しつつも、再現性を持って試合の主導権を90分間握り続けるための“モダンフットボール化”への挑戦。これに伴い、アンチェロッティはエコロジカルなアプローチよりもゲームモデル型のアプローチを優先させるようになった。モドリッチとクロースの2人が同時にスタメンに名を連ねた試合はここまでゼロであり、どちらかが出場した時にも他の同じポジションの選手が普段担っている役割と同じ役割を与えられている。これにより昨季までのように、起用選手によってピッチ上のフットボールが大きく変わってしまう現象は起こりづらくなっている。
なぜ“モダンフットボール化”へと舵を切ることができたかと問われれば、その理由はジュード・ベリンガムという選手の到着に集約される。
筆者の昨季のシーズン総括記事における来季の展望では、“モダンフットボール化”していくためにチームが実装すべきものとして以下の3点を挙げた。
・強度が高く、継続性のあるハイプレス
・モドリッチとクロースに頼らないプレス回避
・再現性のある崩し
今のところ、ベリンガムはその究極的な万能性により、彼1人の存在によってこの3点すべてを解決してみせている。10番、8番、6番、4番としてプレーするだけでなく、ベンゼマに代わる9番としても6試合で6ゴール1アシストの大活躍。この3点とベリンガムの役割を中心に、開幕6連勝を果たした新生レアル・マドリーの戦術を見ていく。なおレアル・マドリーは今夏、ベリンガムの他にGKケパ・アリサバラガ、フラン・ガルシア、アルダ・ギュレル、ブラヒム・ディアス、ホセルを迎え入れている。
ブロック守備主体からハイプレス主体へ
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Profile
きのけい
本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki