トレーニング論が主導するモダンサッカー3.0は「ゲームチェンジャー」になり得るのか?
<コーナータイトル>
『モダンサッカー3.0』書評#4
好評発売中の『モダンサッカー3.0 「ポジショナルプレー」から「ファンクショナルプレー」へ』は、イタリアでカルト的な人気を誇る若手指導者アレッサンドロ・フォルミサーノの革新的なメソッドがまとめられた一冊だ。書評企画の第四弾は、『シン・フォーメーション論』の著者で、エリース東京の監督を務める山口遼氏。フォルミサーノが提唱するボトムアップ型のチーム作りの可能性と限界について、「ティール組織」を例に解説してもらった。
※無料公開期間は終了しました。
本書は、片野道郎氏のファシリテーションの下、イタリアで活躍する指導者、アレッサンドロ・フォルミサーノ(と時にゲスト参加したレナート・バルディ)がフットボール哲学などを語り合う対談形式を取っています。
フォルミサーノの口から語られるフットボール観やトレーニング論は、現代的なフットボール/社会の流れ(複雑系やシステム論、全体論など)を汲みつつ、近年日本でも注目されている戦術的ピリオダイゼーション理論やエコロジカル・アプローチなどをもってしてなお先進的、かつ独創的に映ります。彼らの哲学を目にしていると、多くの日本人指導者がこれまで信じてきた価値観とは「あまりに」違いすぎて、具体的なレイヤーで評価すること自体が困難なのではないかと感じるほどです。それは我々にとってどのような意味を持ち、さらに客観的にどのように評価されるべきなのでしょうか。
「汎用的な理論」と「個人の価値観」のミックス
まず意識すべきは、本書で述べられているトレーニング論やそれに基づくフットボール観に関する主張は、先進的/現代的な考え方を大いに汲んではいるものの、あくまでフォルミサーノやバルディら個人の持つ哲学であるという点です。誤解がないように言っておきますが、これは「個人的な考え方なのだから参考にしすぎるのは危険だ」という意味ではありません。ただ、その前提条件を忘れてしまうと、本書から得られるエッセンスを見誤ってしまう可能性があると感じました。
本書を読み解く時、まずは彼らの主張の中で「先進的な考え方に基づく汎用的な理論」について話している部分と、「彼ら個人の価値観やメソッド」について話している部分はある程度区別した方が良いでしょう。両者は本来、話しているレイヤーが若干異なるはずですが、対話形式の本書ではこれが混在しています。区別して情報をインプットすべきだというのは、先述したようにカバーしているレイヤーが違う以上、そこから得られるエッセンスもまた微妙に異なるはずだからです。
汎用性のある理論部分に関しては、複雑系や全体論の考え方をもとに、現代フットボール(ひいては現代社会)を理解する上で根幹となるような「価値観」が紹介されます。反復を前提にした無味乾燥な従来のトレーニング方法に対して、刺激や制約を頻繁に変化させる「反復のない反復」と環境との相互作用から選手自身が「学習」していく先進的なトレーニング方法はどのような優位性があるのか。トレーニングの中で起きたミスに対して、フィードバックはどのように変化してきているのか。現代フットボールのトレーニング論において、「短時間かつ高強度」、「制約の頻繁な変化」、「言語的なフィードバックよりも視覚的なフィードバックや制約を通じた環境との相互作用から学習を促進する」といった考え方はどれも当たり前になりつつあるように感じますが、このいずれに関しても日本の指導現場においてはまだまだスタンダードになっているとは言えないでしょう。
当然これらについても絶対的なものではなく、今後まだまだ進化し、変化していくのでしょうが、少なくとも確立した理論体系や現代フットボールを貫くパラダイムについてかなり詳しく言及されています。これらは、いかにヨーロッパのフットボールシーンにおいてこれらの考え方が当たり前のものになってきているかを改めて感じさせてくれますし、トレーニング論やコーチング論といった各種のHow toを構成する要素として、いかにこれらの“パラダイム”というものが中心的な役割を果たしているかということも示唆しているでしょう。
一方で、本書の中で強烈な付加価値となっているのはむしろ後者の、「フォルミサーノ個人のフットボール哲学」に関する部分でしょう。特にフォルミサーノの主張を見ていると、これまで“正解”のように語られてきたどのフットボール/トレーニングなどの理論からも微妙に異なっていることが分かります。いくつか例を挙げましょう。
戦術的ピリオダイゼーションのように、何曜日はストレングス、何曜日はスピード、何曜日は持久系、だからピッチの大きさはこれこれという指針があるわけでもありません。むしろランダムであった方がいい。小さいスペースで高強度のゲームをやった後、大きいスペースで有酸素系の負荷をかけてもいい。サッカーというゲームは、狭いスペースでコンパクトな攻防が続くこともあれば、そこから一気に大きな展開になることもある。それはランダムな連続です。試合がそのように展開する以上、トレーニングを行うスペースもランダムに変化しなければおかしい。トレーニングというのが、試合がもたらす刺激に人間の脳と体が反応する術を学習する場だとしたら、それと同じ環境を用意するべきでしょう。
P72 L8-15
ゲームモデルについて掘り下げる前に、まず前提を確認しておきましょう。私はメソッドに関してもゲームモデルに関しても、明確に構造化し得るものだとも、段階的にその完成度を高めていくようなものだとも考えていません。コヴェルチャーノ( FIGCテクニカルセンター)のような場所で教えられている戦術理論では、チームとプレーヤーの振る舞いを規定する一連のルール、というように定義されていますが、私はまったく賛同できません。私にとってゲームモデルとは、「チームがサッカーを自由にプレーする中から生まれる原則を観察し評価する基準となる仮説やアイディア」です。ここで言う原則は、監督がチームに与えるものではなく、チームの中から創発的に生まれるそれです。
P90 L1-8
(攻撃とか守備、ビルドアップ、ポゼッションという言葉は)決して使いませんね。私の辞書にはない言葉ですから。私のトレーニングはすべてが「ゲーム」です。ピッチのレイアウトを決めて、制約のためのルールを決めて、あとは2つのチームに分かれてプレーする。それを様々に形を変えながらやっていく。それだけです。もちろんフィジカルコンディショニング上の制約は意識しますが、それに過剰に縛られないよう、ゲームとしての多様性をランダムに作り出していくことを重視してトレーニングを組み立てています。もちろんオフサイドのようにゲームのあり方を根本的に規定するルールには手をつけません。それを外してしまうとゲームの性質がまったく変わってしまいますから。
P153 L9-16
これらはあくまでほんの一部に過ぎませんが、本書を通じて自身が作り上げた独創性溢れるフットボールやトレーニングの捉え方について詳細かつ濃密に説明してくれています。これは相当に貴重な試みであると言えるでしょう。……
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Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd