リバプールのバナーメイカー、ピーター・カーニーの信念。チームのため人のために、自分にできること【現地取材】
ピッチに入場してくる選手たちをアンフィールドのファンが『You’ll Never Walk Alone』で迎える時、the Kop(ゴール裏スタンド)には無数のフラッグとバナーがはためく。ユニークなメッセージや絵が描かれたそれらとともにチームをサポートするのは、1960年代から続くアンフィールドの伝統だ。コロナ禍でリーグ戦が3カ月中断した後、無観客で試合が再開された2020年6月には、そのフラッグとバナーが無人のスタンドに整然と飾られ、ファンの代わりにホームでの残り4試合を見守り、キャプテンのジョーダン・ヘンダーソンがプレミアリーグのトロフィーを掲げる姿を見届けた。
この時、the Kopに掲げられた100枚以上のうち、半数はリバプール公式チャンネル『LFCTV』制作のドキュメンタリー『フラッグズ&バナーズ』にも登場したバナー・アーティストのピーター・カーニー(Peter Carney)が作ったものだ。「ヒルズボロの悲劇」の生還者でもあるカーニー氏は、97人の犠牲者を追悼する2枚の巨大バナーの制作者としても知られている。そのうちの1枚は2022年5月にロンドンのデザイン・ミュージアムで公開され、2023年9月にはFIFA本部でも展示される予定だ。1970年代からバナーを作り続けているカーニー氏に、リバプールのエイントリー競馬場近くの自宅で話を聞いた。
バナー制作は「探究」と「表現」です
――いつからリバプールをサポートされているのですか?
「赤ちゃんの時からです。リバプールファンになる運命でした。父も母もリバプールファンでしたからね。小さい頃は、父がアンフィールドに連れて行ってくれました。初めて1人で試合を観戦したのは6歳の時です(インタビュー時のカーニー氏は63歳)。1966年のFAカップ3回戦チェルシー戦でした。リバプールはその前のシーズンにFAカップ優勝を果たしたのですが、この年は私が初めて1人で観戦した試合でチェルシーに1-2で負けてしまい、ほろ苦いアンフィールドデビューになりました」
――バナーを作るようになった経緯を教えてください。
「作ろうと思った理由は、それがチームをサポートするために自分にできることだったからです。初めて作ったバナーは、1974年のFAカップ準決勝レスター戦のためのものでした。レスターとはオールドトラッフォードで対戦したのですが、1-1で引き分けたため、ビラパークで再試合が行われました。ですが、再試合は観に行くことができず、家でラジオの中継を聞いていました。その時に、定規と鉛筆とアクリル絵の具でシーツに『LFC』という文字を描きました。それが初めて作ったバナーです。15歳でした。チームをサポートしたいという強い気持ちから取った行動でした」
――小さい頃からアートやデザインがお好きだったのでしょうか?
「子供の頃は不器用でした。左利きなので、文字を書いても工作をしても、他の子たちと同じようにはできませんでした。学校で作ったものの中で唯一覚えているのは、12歳か13歳の時、美術の時間に黒いスクレーパーボード(スクラッチボード)をスクラッチして『Liverpool FC First Division Champions』という白い文字を浮かび上がらせた作品です。1972年でした。そのシーズン、結局リバプールは優勝できず3位に終わったのですが、学校で作ったものの中で『アート』と呼べそうなのはそれだけだったと思います。ですが、私の父も祖父も、アートやデザインに親しんでいる人たちでした。父の趣味はカリグラフィーだったのです。カリグラフィーというのは、昔の書物などで使われていた美しい書体を書く技術です。父は、趣味のカリグラフィーで結婚式の招待状や結婚式のアルバムの表紙の文字を書いていました。また、私の祖父は広告板のデザインをしていました」
――お祖父様やお父様からアートやデザインの才能を受け継がれたのですね?
「そのようです。学校では美術の成績が良かったわけではないのですが、時が経つにつれて、アートは自己表現の手段になりました。私はバナーの上に文字をレイアウトする作業がとても好きです。今の時代、バナーのデザインはパソコンでもできます。その方がずっと安く、短時間でできますが、私にとってはこの手で布という素材に触れ、筆で色をつけていくことが大事なのです。素材に触発されてデザインを思いつきます。バナー制作は『探究』(explore)と『表現』(express)です」
“ヒルズボロの犠牲者たちへ You’ll Never Walk Alone”
――バナーでどんなことを表現されているのでしょうか。
「人生で起きたことの中で、カタチにして記しておきたいことすべてです。もちろん、チームを応援するためのバナーやクラブの成功を称えるバナーは多いですが、それだけではありません。2018年にローマサポーターに襲われて重傷を負ったショーン・コックスさんのためのバナーのように、困難な境遇にある人に寄り添うバナーや、ヒルズボロのバナーのように亡くなった人を追悼するバナー、コミュニティの連帯や支援のためのバナーもたくさん作っています」
「今日の試合(2022年8月31日のニューカッスル戦)でスタンドに掲げるバナーは、ベルファストの雨水管で遺体となって発見された青年を追悼し、ご遺族を支援するためのバナーです。今週末にはリバプールで生活費高騰に抗議するデモがあるのですが、コロナ禍で試合を無観客で行っていた時にthe Kopに飾られていたバナーの1枚がそのデモで使われます。紫色のバナーで、“Your Love Is Our Life. Your Care Is Our Cure. Compassion Is Your Epitaph.”と書かれているのですが、これは医療従事者への感謝とサポートを示すために作ったバナーです」
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Profile
田丸 由美子
ライター、フォトグラファー、大学講師、リバプール・サポーターズクラブ日本支部代表。年に2、3回のペースでヨーロッパを訪れ、リバプールの試合を中心に観戦するかたわら現地のファンを取材。イングランドのファンカルチャーやファンアクティビストたちの活動を紹介する記事を執筆中。ライフワークとして、ヨーロッパのフットボールスタジアムの写真を撮り続けている。スタジアムでウェディングフォトの撮影をしたことも。