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ポジショナルプレーの時代は終わろうとしているのか?

2023.07.31

長らくイタリアサッカー連盟でマッチアナリストを務め、アンドレア・ピルロがユベントスの監督に就任した際にテクニカルスタッフとして支えたアントニオ・ガリアルディ。イタリアサッカー界きっての研究家がWEBマガジン『ウルティモ・ウオモ』に寄稿した話題作(2023年3月14日公開)を特別転載。ポジショナルプレーとは何だったのか、そしてその先にある未来とは――?

『フットボリスタ第97号』より掲載。

 「ポジショナルプレー」が欧州サッカーにもたらした革命はこの数年でピークに達した。そしてサッカーの歴史において常にそうだったように、ここにきてそれに対する対策や反動など反革命の動きが強まり、そこから新たな進化や革新が生まれようとしている。

 ポジショナルプレーという革命は、およそ50年前に監督リヌス・ミケルスと選手ヨハン・クライフという希代のペアによってアムステルダムで端緒がつけられ、その後ミラノでアリーゴ・サッキ、アムステルダムとバルセロナで監督としてのクライフ、そしてその系譜を汲むルイス・ファン・ハールの手によって発展し、およそ15年前にペップ・グアルディオラによってバルセロナで完遂された。メッシ、シャビ、イニエスタ、ブスケッツらを擁して手に入るすべてのタイトルを勝ち獲った「ペップのバルサ」は、サッカーというゲームに不可逆的な変化をもたらした。後方からのビルドアップ、各プレッシャーラインの背後で最低でも1人をフリーにすることによる位置的優位の追求、3人目の追求、科学的に理に適った5レーンの占有、すなわちボール保持局面における[3-2-5]あるいは[2-3-5]の配置によるハーフスペースの活用など。

 これらはいずれも、「ペップのバルサ」を通じて我われが知り、学び、称えた、そして世界中の数多くのチーム(トップレベルだけでなく)が導入した原則であり、定式だ。直近のW杯で言えば、ドイツ、フランスだけでなくチッチのブラジルがそれに当てはまる。そしてW杯には出ていなかったが、マンチーニのイタリアも挙げないわけにはいかない。

在任4年間でバルセロナに14ものタイトルをもたらしたグアルディオラ監督

 ポジショナルプレーという革命はあまりに影響力が強く、2019年にはIFAB(国際サッカー評議会)をゴールキックに関するルール改正に踏み切らせたほどだった。これは、ゴールキック時に味方の選手がペナルティエリア内でボールに触れるのを許すもので、後方からのビルドアップに優位性をもたらす。さらに、ユルゲン・クロップ、アントニオ・コンテなど異なるサッカー哲学を持つ監督たちですら、ゲームモデルの中にポジショナルプレーの原則を何らかの形で取り込むようになった。

 ここ2シーズンほど、守備の局面においてポジショナルプレーへの対策を強く意識した対応を取るチームが現れ始め、反革命の口火が切られた。新たな攻撃の戦術とそれに対する守備の対策が生み出す緊張関係というのは、あらゆるスポーツの歴史に見て取れる一般的な現象だ。例えば、高い位置からのアグレッシブな、そしてしばしばマンツーマンでのプレッシングは、ポジショナルプレーに対する代表的な対策の1つだ。プレッシャーラインの背後にフリーの味方を作り出して前進し、敵陣に進出してバランス良くピッチを占有することで優位性(とりわけ位置的なそれ)を確立するという攻撃側の目論見に対して、その起点となる後方からのビルドアップを妨害することによって制約しようというのがその狙いである。

 スペースではなく人に基準点を置いて守る傾向は、ハイプレスを行うチームだけでなく低い位置で相手を待ち受けて守るチームにも広まってきている。この場合は中盤でマンツーマンの関係(2対2、3対3)を作ってデュエルを挑むことになる。数週間前、ナポリのスパレッティ監督は「サッカーの世界にもはやパターン攻撃は存在しない。スペースはライン間にではなく人の間にある。それを見出せるかどうかが勝負を分ける」と語った。マンツーマン志向の強まりによって、整然とした守備ラインを保つチームは減ってきている。ライン間のスペースが小さくなれば、そこを利用して優位性を作り出すというポジショナルプレーの重要な原則の1つはその有効性が低下することになる。

 ポジショナルプレーを採用しているチームにおいて、トップ下やウイングは2ライン間の特定のスペースを占有し、ボールが供給されるのを待つよう指示されてきた。「ボールがお前のところにやって来るのであってその逆ではない。そこにいろ!」というわけだ。ライン間のハーフスペースに選手を配置することによって得られる優位性は極めて重要であり、ある種の守備戦術、とりわけゾーンで守る4バックのDFラインに対しては科学的と言っていいほどに機能した。しかし、このような優位性を得られる状況は減少の一途をたどっている。

ポジション:位置から機能へ、機能から関係性へ

 この守備側の対策は、戦術に新たな進歩をもたらしつつある。ボールゾーンにおける流動性に重きを置く、個々のプレーヤーの個性を積極的に生かすといったアプローチに到達(回帰?)しているのだ。

 近年我われは、「ポジションはもはや位置ではなく機能でありタスクである」と指摘してきた。コンストラクターとインベーダー、幅を取るプレーヤーとライン間から決定機を作り出すプレーヤー、といった分類はその一例だ。しかし今、戦術はさらなる進化を遂げて、「ポジション」という概念は、単なる機能(多かれ少なかれ特定されたそれ)というよりも、プレーヤーによるその場の「関係性」の解釈を指すものへと変化している。ボールホルダーの周囲でフリーになれるかどうかを規定するのは、ボール、味方、敵の絶え間ない動きが生み出す関係性である。

 その動きの中で、ボールゾーンにいるプレーヤーは、自身のポジションや担うべき機能にかかわらず、ボールとの関係において「前方」、「側方」、「後方」の受け手となる。つまり、個々のプレーヤーの動きと選択に影響を及ぼし決定づけるのは、その時々におけるボール、味方、敵(すなわちゲームがその場に作り出す文脈)との「関係性」だということになる。

 これは「ポジション」という概念の自然な進化のステップだ。そこで個々のプレーヤーは、特定の位置はもちろん役割や機能にも縛りつけられることなく、ゲームのあり方を決定づける中心的な存在となる。つまりプレーヤーは、チームが共通して持つプレー原則の枠内で完全な自由を得てプレーできるようになり、主役の座は監督から選手へと移る。というよりも、監督は別の形で主役を演じるようになる、と言った方がいいかもしれない。

 こうしたスタイルは、特に南米において古くから根を張ってきたものだ。W杯におけるアルゼンチンの勝利は、チッチのブラジルとの全面的な対立の構図を制してのものだった。純粋な南米至上主義者に言わせればチッチの「セレソン」は「ヨーロッパのポジショニズム」に影響を受け過ぎており、優れた選手たちを[3-2-5]という枠の中に押し込めたせいで、ネイマールやビニシウスが持てるタレントを存分に発揮するのを妨げる結果に終わった、ということになる。一方エスカローニの「セレクシオン」は、1970年代にメノッティが発案したアルゼンチンサッカーのモデル「ヌエストラ」へと回帰した。「すべて中心にあるのはボールであり、プレーヤーはボールとの関係で動く」。先頃コベルチャーノ( イタリアサッカー連盟トレーニングセンター)で行われた「黄金のベンチ賞」の表彰式に出席したエスカローニの言葉である。

フランスとのカタールW杯決勝で延長戦前に円陣の中心に立つエスカローニ監督

 彼のアルゼンチンは、7試合すべてに異なるメンバーと配置を用いてタイトルを勝ち獲った。その狙いは対戦相手に対応しつつ、その中でメッシが最大限に持ち味を発揮できるような関係性を作り出すことにあった。その鍵は、ディ・マリア、マカリステル、デ・パウル、エンソ・フェルナンデスから、アルバレス、ラウタロ、パプ・ゴメス、パレデスまで、攻撃的でテクニカルな選手を「サポーティング・キャスト」として使い分けることにあった。

 個々のプレーヤー、とりわけテクニカルな選手たちのクオリティ、特長、そして感情を引き出しゲームの中で生かそうとするのは、彼らは互いに連係してプレーすることに歓びと幸せを感じるからでもある。ピッチ上の配置はしばしば左右非対称となるが、それを怖れないのはあらかじめ区切られた静的なスペースや戦術によってではなく、動的なスペースとテクニックによってボールを支配し、ゲームを支配しようとするからだ。プレーの焦点はスペースからボール(と選手)へと移っている。「ポジショナル」なサッカーにおいては、スペースを正しく占有することがチームのパフォーマンスを高める上で根本的に重要だ。しかし「リレーショナル」なサッカーにおいて、スペースは個々のプレーヤーのパフォーマンスによって規定されるものなのだ。

 今南米ではジニス監督率いるフルミネンセに大きな注目が集まっている。ボールゾーンの高い密度、左右非対称性、中心選手(ガンソもその1人だ)がプレーしやすいリズム。左右非対称性は重要なコンセプトだ。というのも、プレーヤーに自由を与えることは、彼らが自然とボールゾーンに集まって数的優位を作り出し、その分他のゾーンに数的劣位が生じるのを受け入れることを意味するからだ。チーム全体、ピッチ全体をコントロール下に置きたいと考える監督にとって、この状況を受け入れるのは簡単なことではない。

 それに関してはジニス自身の言葉が助けになる。……

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Profile

ウルティモ ウオモ

ダニエレ・マヌシアとティモシー・スモールの2人が共同で創設したイタリア発のまったく新しいWEBマガジン。長文の分析・考察が中心で、テクニカルで専門的な世界と文学的にスポーツを語る世界を一つに統合することを目指す。従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で新たなファン層を開拓し、イタリア国内で高い評価を得ている。媒体名のウルティモ・ウオモは「最後の1人=オフサイドラインの基準となるDF」を意味する。

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