モダンサッカー3.0――サッキ、グアルディオラに続く新たなパラダイム転換
好評発売中の『モダンサッカー3.0 「ポジショナルプレー」から「ファンクショナルプレー」へ』は、イタリアでカルト的な人気を誇る若手指導者アレッサンドロ・フォルミサーノの革新的なメソッドがまとめられた一冊だ。その発売を記念して、本書のコンセプトを記した「まえがき」を特別公開!
― 規格化された「駒」ではなく、
それぞれ違う「人」。監督と戦術のネクスト・フェーズ
「ほとんどの監督・コーチが心の底に抱いている最も大きな恐怖は、自分が望んだ通りにチームが動かないことです。想定外の、コントロールできない出来事がピッチ上で起こることに巨大なフラストレーションを感じ、いつもそれと戦っている。しかしそこには根本的な問題があります。それは、監督の頭の中は選手の頭の中と同じではないということです。選手が監督に言われた通りに振る舞うとしても、それは遂行を命じられたからであってそれ以外ではありません」
本書の共著者、アレッサンドロ・フォルミサーノとの対話の中で、最も印象的だった言葉の一つです。ここには、サッカーはもちろんスポーツ全般における監督( ひいては指導者)という仕事のあり方、その本質をめぐる大きな問いが隠されています。それは、監督の仕事は「自分のサッカー」をチームに「指導」し、自分が頭に描いている通りに「遂行」させることにあるのか、という問いです。
これから本書の中で多角的に掘り下げていく彼の理論とメソッドは、その問いに対して明確に「NO」と答えるところからスタートしています。その出発点にあるのは、サッカーというゲームをプレーするのはピッチ上の選手たちであって監督ではない、サッカーはチェスや将棋とは違う、という単純な事実です。
1980年代末に、4-4-2のゾーンディフェンスとプレッシングという戦術を引っさげてサッカー界に革命を起こした「アリーゴ・サッキのミラン」を出発点とする「モダンサッカー」の潮流において、「監督」と「戦術」は、それ以前とは比較にならないほどの重要性を帯びるようになりました。ロベルト・バッジョやジネディーヌ・ジダンのように絶対的なタレントが、監督の戦術に合わないという理由でベンチに追いやられ、あるいは窮屈な戦術の檻の中に閉じこめられるのが当たり前だった時代は、それほど昔のことではありません。
「サッキのミラン」から30年あまり、「グアルディオラのバルセロナ」というもう一つの革命を経由して現在に至るまで、私たちはサッカーというゲームを、監督が選手という駒を使ってチェスを指す、というようなアナロジーで語ることを、大きな疑問もなく受け入れるようになりました。しかし監督としてのフォルミサーノはそれを明確に否定してこう言うのです。
「どんなサッカーをするかを決めるのは私ではなくてチームです。彼らが毎日一緒にプレーする中で自然と方向性が発露してくる。自己組織化のプロセスが進んでくる。それがさらに進むように環境を整えるのが私の仕事です。監督としての私に『私のサッカー』はありませんが『私のメソッド』はある。それはシステム論的、全体論的アプローチです。人間の学習プロセスを尊重し、エコロジカルなやり方でチームと私との間に相互作用を作り出し、成長と進化を促していく」
自己組織化、システム論といった言葉については本文中で詳しく見ていくとして、このまえがきでアンダーラインを引いておきたいのは、本書が掲げる「モダンサッカー3.0」の本質は、これまで当たり前だと考えられてきた「監督→チーム/選手」という矢印を「チーム/選手→監督」に逆転することにこそある、という点です。その意味で本書は、最先端のトレーニングメソッドや戦術理論を紹介する本である以前にまず、監督という仕事のあり方を根本から問い直す本であると言えるでしょう。
この大きなパラダイム転換に理論と実践の両面から取り組んできた彼、アレッサンドロ・フォルミサーノは、ペルージャU-19の監督を務めるナポリ生まれの33歳。哲学、歴史学から生命科学、量子物理学まで他分野の様々な知見を吸収しつつ独自の理論を構築し、地元のアマチュアクラブを皮切りにセリエB、Cのプロクラブで育成年代の監督、メソッド責任者としてそれを実践に移しながら磨き上げてきました。すでに何年も前からイタリア監督界では異端児として知る人ぞ知る存在でしたが、コロナ禍による中断期間中、その成果を惜しげもなくウェビナーなどで共有して賛否両論を巻き起こし、ますます大きな注目を集めつつあります。
筆者が彼と接点を持ったのは、単行本シリーズ『モダンサッカーの教科書』のパートナーであるレナート・バルディが、『フットボリスタ』2022年3月号の「トレーニング×学問化」特集のために紹介してくれたのがきっかけでした。故シニシャ・ミハイロビッチ監督(2022年12月に白血病のため死去)のスタッフとしてサンプドリア、ミラン、トリノ、ボローニャのコーチ兼マッチアナリストを務めてきたバルディは、UEFA-Aライセンス講習で同期だったフォルミサーノと意気投合し、互いに小さくない影響を与え合っている仲。『フットボリスタ』誌上、そして本書のための取材にも、同席できる時は同席して対話に参加したいと自ら申し出てくれました。本書のいくつかのセクションでゲストとして登場してくれているのも、そうした経緯によるものです。
以下の本文は、まず第1章でサッキ、グアルディオラに続く新たなパラダイム転換としての「モダンサッカー3.0」についてその概略を押さえた上で、第2章では「監督としての仕事」の中核をなすトレーニングメソッドとそこから生まれるプレー原則、ゲームモデルのあり方について掘り下げ、続く第3章でその理論的支柱となるフォルミサーノ独自の戦術理論を整理、最後に、それらを踏まえてトップレベルのサッカーを読み解くとどのような新しい景色が見えてくるのかを、チャンピオンズリーグ21-22シーズン、そして2022年カタールW杯を題材にして試みるという構成になっています。もし第1章から始まる理論的な議論がとっつきにくいと感じたら、具体的な事例を取り上げた第4章から読み始めてみてください。
サッカーのトレーニングや戦術について書かれた本は多々あれど、これほど知的刺激に満ちた読み応えのある本はそう多くはないと(手前味噌ながら)思っています。これまでのサッカーの常識を覆す最先端の理論と実践を通して読者のみなさんに新たな視点や発見を提供できれば、共著者としてこれ以上の喜びはありません。
<書誌情報>
定価:1,760円(10%税込)
発行:ソル・メディア
発売日:2023年7月28日
仕様:四六判/並製/280頁
ISBN:978-4-905349-71-6
Photos: Getty Images
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。