ガブリ・ベイガを徹底分析。超遅咲きの若手注目株を得点量産に導いたセルタの「パターン」とは?
来たる2023-24シーズンに向けて、動きが活発になっている夏の移籍市場。中でも去就に注目が集まる若手の1人が、昨季リーガで得点を量産したセルタのガブリ・ベイガだ。スペイン代表の一員として出場したU-21欧州選手権でのプレーぶりも含めて、その長所と短所から活用術までスペイン在住の木村浩嗣氏が徹底分析する。
スペインの小クラブに突如現れた20歳の大型MFが11ゴール4アシストを記録。若さとシンデレラストーリーとMFにあるまじき攻撃力に市場は過熱。プレミアリーグ上位勢やパリ・サンジェルマン、レアル・マドリーが獲得を狙っている、と大騒ぎになる――今はそんな状況だ。
昨季リーガと閉幕したばかりのU-21欧州選手権でのプレーぶりから、ガブリ・ベイガがどんな選手なのかを分析して言えるのは、「チームを選ぶ選手に見える」ということ。あのパフォーマンスは、セルタの攻撃のリーダー、イアゴ・アスパスがベイガの力を最大限引き出した結果なのか? それともベイガがアスパスの要求に最大限に応えた結果なのか? 前者であれば、移籍してアスパスがいなくなればパフォーマンスが低下するかもしれない。後者であれば、セルタとアスパスが枠にとなって成長を阻害しているのかもしれない。前者の可能性の方が高いと思うが、本当のことは移籍してみないとわからない。
スペインでは慎重論の方が多い。頭角を現してから1年に満たない。「もう1年やってから……」という意見は常に正しく響く。例えば、ダニ・セバージョスのベティスからレアル・マドリーへの移籍は1年遅くてもよかった。周りのレベルが違い過ぎて出番がなくなるくらいなら、絶対的なレギュラーかつ若きスターとして君臨する経験をもう1年しておくべきだった。
ベイガは21歳になったばかり、焦ることはない。だが一方で、セルタで同じことをやって同じような数字を残すことにどれだけの意味があるのか、とも思う。アスパスの導きの下で確立した「ベイガ・パターン」(詳細は後述)から外れるとどうなるのか? さらに大きな、新たなベイガが見られるかもしれない。セルタには悪いが残留目的のクラブで個としてできることは限られていて、やり尽くした感もある。もう1年ベティスで……という声を振り切ってナポリへ旅立ち、昨季はパリ・サンジェルマンでレギュラーとなったファビアン・ルイスの例がある。
ベイガは超遅咲きで、Bチームに昇格した19-20シーズンも「大勢の中の1人としてスタートした」と、ユースチームの監督は証言している。誰もが注目するタレントではなく、「努力の成果」なんて決まり文句では片づけられない、タレント発掘のプロが見逃していた何らかの理由で突然開花したのである。だから、「伸びしろがある」とも言えるし、「ない」とも言える。
以下、分析の結果を紹介する。
最大の長所:類稀なタレントとしての決定力
決定力は過小評価されている。落ち着いて狙えば誰でもネットを揺らせる、と思われている。だが、ビニシウス・ジュニオールがレアル・マドリーでゴールを量産し始めたのはやっと4季目である。それまでは簡単そうに見えるシュートを外し続け、多くは枠にすら入れられなかった。
現在、世界最高の選手の1人が当初は持っていなかった(眠っていた?)決定力を、最初からベイガは持っている。彼は決定率(シュート本数に対するゴールの割合)でアスパスを上回っている。これは実は凄いことで、どこのクラブへ行っても、全キャリアを通じて最大の武器になるだろう。
ゴールパターンはこんな感じだ。
2列目からゴール前に飛び出したタイミングでボールをもらう。ある時はインサイドでダイレクトに合わせ、ある時はドリブルで持ち運びGKを引きつけておいて頭上へすくい上げ、ある時はワントラップして顔を上げ狙いすまして隅に突き刺す。攻撃的MFの得点は、普通は技術の高さ――主にキック力とボールコントロール力――の結果であって、見た目にもビューティフルゴールが多い。だが、ベイガは違う。ネットを揺らすための最適の選択をした結果のゴールであり、見た目よりも効率を優先する点、ネットさえ揺れれば形はどうでもいい、という点で点取り屋のゴールゲットに近い。
繰り返しになるが、決定力はタレントであり、持っている選手は持っているし、持っていない選手は持っていない。攻撃的MFなら二桁ゴールを挙げられるシーズンだってあるだろう。だが、いかに狙ったところへ正確に蹴られる技術の持ち主でも、「持っていなければ」二桁を続けることは難しい。ゴール前は特別な場所であり、ゴールは特別な才能だから。
テクニシャンなのになぜかシュートだけは外す、というMFが多い中、彼は技術だけでは説明できない+αを持っている。
最大の短所:機敏さと瞬発力の欠如
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。