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マルディーニと対立した「マネー・ボール」の思想。ミランの新経営戦略を読み解く

2023.06.26

2022年5月22日、ミランは21-22シーズンのセリエA優勝を決めた。優勝セレモニーにはズラタン・イブラヒモビッチが葉巻を吸ってミラニスティにシャンパンをかけながら登場。あの日からまだ1年しか経っていないものの、ミランには様々な変化があった。オーナーは交代した上に、マルディーニもイブラヒモビッチもいない。今回は経営の観点から22-23シーズンのミランを振り返るとともに、新しいオーナーが描く将来の展望に関して考察していきたい。

CLベスト4の追い風で16年6カ月ぶりの黒字見込み

 22-23シーズンのミランはセリエAを勝ち点70の4位で終えて、23-24シーズンのCL出場権を獲得することができた。ユベントスが会計処理に関する問題の処分として、イタリアサッカー連盟控訴裁判所から勝ち点10を剝奪されたという追い風が吹いた点は否定できないが、2シーズン前の2位、昨シーズンのスクデットに続いて、3季連続でCL出場権を得られる順位でフィニッシュできたことは、引き続き多額のUEFAからの分配金が見込めるという点で、ミランの経営にとって極めてポジティブな結果であるといえよう。

 また、昨シーズンはグループステージ敗退に終わったCLでは、チェルシー、ザルツブルク、ディナモ・ザグレブと同居したグループEを2位で突破したにとどまらず、ラウンド16でトッテナム、続いて準々決勝では今シーズンのスクデットを獲得したナポリを撃破。決勝トーナメントのいずれの対戦も第1レグを1-0で先勝して折り返した上、第2レグはドローというスコアで計4試合を無敗で締めた。残念ながら準決勝ではシーズンを通じて相性の悪かったインテルに合計スコア3-0で完敗を喫し、ベスト4でCLを去ることになった。CL、EL、カンファレンスリーグに参加するクラブは、かつてはファイナンシャル・フェアプレー(以下、FFP)、現在はファイナンシャル・サステイナビリティ・レギュレーションズ(以下、FSR)を遵守することが求められる以上、売上高の大きいクラブはその分選手の移籍金、給与に投じられる金額が大きくなるため、競争優位を生み出しやすい。その点で、『Deloitte Football Money League 2023』によると売上高の順位が16位(2億6490万ユーロ)であったミランにとって、CLベスト4は快挙である(ちなみに、マンチェスター・シティの売上高は7億3100万ユーロでCLと合わせてこちらも優勝している)。

22-23シーズンは準々決勝で同国のライバルであるナポリを下して16年ぶりとなるCLベスト4進出を果たしたミラン

 CL準決勝まで進出したことで、2023年6月期は2006年12月期以来の16年6カ月ぶりの黒字が見込まれている。2021年6月期は9640万ユーロ、前期の2022年6月期は6650万ユーロの当期純損失を計上したミランは順調に損益の改善を進めていた。その最中に、CLベスト4進出という追い風が吹いた(UEFAからの分配金、入場料が増加した)ことで、イタリアのWEBメディア『カルチョ・エ・フィナンツァ』によると、今期は1500万ユーロから1600万ユーロの当期純利益を計上する見込みであるとしている。不確実性の大きいオン・ザ・ピッチの結果がクラブの事業規模からすると大きく上振れたという後押しがあったにせよ、オーナーによる赤字補填が長年常態化していたミランが黒字化したことの意味は大きい。経営学者ピーター・ドラッカーによると、利益は企業が存続、発展するための条件である(松下幸之助は「赤字は罪悪」とまで述べている)。利益を生み出せるようになったミランはようやく一人前の持続可能な会社になりつつあるということである。

 しかし、売上高が欧州のトップレベルのクラブに遠く及ばないことも事実である。会長のパオロ・スカローニがRAI(イタリア放送協会)のラジオ番組で語ったところによれば、2023年6月期の売上高として3億5000万ユーロ超を見込んでいるとのことであり、先に述べたデロイトのランキングに照らし合わせると、3億5690万ユーロで13位に入ったドルトムントと同程度ということになる。かつての欧州、世界のトップレベルに戻るため、今後も利益を確保しながら売上高をさらに伸ばしていくことが求められる。……

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パオロ・マルディーニミラン

Profile

schumpeter

2004年、サッカー雑誌で見つけたミランのカカを入口にミラニスタへ。その後、2016年に当時の風間八宏監督率いる川崎フロンターレに魅了されてからはフロンターレも応援。大学時代に身につけたイタリア語も活かしながら、サッカーを会計・ファイナンス・法律の視点から掘り下げることに関心あり。一方、乃木坂46と日向坂46のファンでもある。

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