スポンサー営業から考えるアビスパ福岡の成長と魅力。新体制で目指すものとは
2023年5月26日、Jリーグは「2022年度 個別経営情報開示資料(先行発表)」を公開した。リーグ全体としてコロナ前の水準まで収入を回復させつつある中で、前年度から大きく売上高を伸ばしたクラブの1つがアビスパ福岡だ。
前年度からの売上高成長率33%(2,829百万円)は、J1クラブの中で2番目に高い数値。そして、その成長を牽引しているのが、売上高における約42%(1,202百万円)を占める「スポンサー収入」である。2023シーズン開幕以降もスポンサー企業数は増え続け、現在は640社を超えるなど、好調が続く。その要因は何なのか。
アビスパ福岡でスポンサー営業を担当するマーケット開発部・平田剛久氏と、事業推進部の大野緩奈氏に話を聞いた。
「5年周期」を打ち破った影響
――先日、発表されたアビスパ福岡の2022年度決算において、スポンサー収入は前年度比+359百万円の1,202百万円でした。まずはスポンサーの新規開拓を主幹するマーケット開発部の平田さんに所感を聞かせてください。
平田「要因として、連続してJ1の舞台で戦えることは大きいです。昇格降格を繰り返していた時期はJ1で戦うシーズンでもJ2価格で営業せざるをえないところもあったので」
――J1でのシーズンが続くことで、クラブの価値が上がった。
平田「そうですね。マーケット開発部では(ホームタウンではない)東京の企業さんに提案することも多く、そこでもJ1クラブであることの効果を感じることは多いです。先日、タイ・リーグ1『Port FC』とのパートナーシップ締結を発表させていただきましたが、今後は海外で事業展開を考えている企業様のサポートも含め、提案の幅を広げていく予定です」
――地元(福岡)企業への営業を主幹する事業推進部の大野さんは、2022年度のスポンサー収入について、どのような所感をお持ちですか?
大野「平田からもあった通り『5年周期』のジンクス(※4年に1度J1に昇格し、その翌年にJ2に降格する現象)を打ち破ったことで、既存のスポンサー様から増額の支援をいただくケースが多かったことは大きかったですね。実は2022シーズンは、これまでスポンサー特典として提供させてもらっていた試合観戦チケットの枚数を大幅に減らしました。『チケットは有償で購入いただきたい』というクラブの方針転換によるものなのですが、結果的にシーズンシートを購入いただけるスポンサー様が増えるなど、多くの皆様のご理解があって達成できた売上高でした」
平田「福岡の特徴として、法人も、個人も、『地元に貢献したい』という想いを持っている方が多いんです。アビスパは過去に経営危機も経験していますので、クラブに関わってもらう機会を増やすことを目的に、小口も含め、様々なスポンサーメニューを準備しています。そうした仕組みが実を結びつつあるようにも感じます」
仕事を超えた繋がり
――アビスパ福岡では「1日3社訪問」を合言葉に、営業の方はスポンサー企業と密な関係性を築くことを重視されていると聞きました。普段のコミュニケーションでは、どのようなことを意識されていますか?
大野「スポンサー様のことを『知ること』ですね。企業によって考え方は違います。営業として提案する上で、相手が求めていることを把握した上で、クラブとして出来ることを考えるようにしています」
平田「アビスパの特徴として“柔軟性”はあると思います。『前例がないので……』という話をすることはなく、『実現するためには何が必要なのか』という考え方を(現会長の)川森(敬史)も一緒に考えて動いてくれるので」
――「フットワークの軽さ」や「手数の多さ」は、アビスパ福岡の事業面の特徴だと認識しています。
平田「経営危機に陥った過去を背景に、クラブに対して意見やアイデアをくださる方が多いので、その強みを活かす上でも柔軟性は大切にしています。現実問題として、人も、お金も、大企業スポンサーが付いているクラブにはリソース的に対抗できない。しかし、地元への熱量がある方々との集合知で勝てる可能性はある。スポンサー企業の皆様と一緒にやり遂げる意識は強いです」
大野「私は2019年入社なので、経営危機を社員としては経験していないのですが、スポンサー様がアビスパのことを“自分ごと”としてお話いただける熱量は日々感じています。それはサポーターに関しても同じで、アビスパの特徴ですね」
――サポーターがSNSでスポンサー企業の商品を紹介するハッシュタグ「#うちの自慢のスポンサー」は心温まる活動です。
大野「スポンサー様には『仲間が多くいるクラブです』という話をよくさせてもらっています。アビスパはJ1クラブの中では売上高が小さい組織で、チャレンジャーの立場ですが、だからこそ『一緒に成長過程を歩みませんか?』『伸びしろしかないクラブです』と提案させてもらっています」
――Jクラブで営業職に就かれている方は、経済的なメリットと共に『浪漫』も語ることができます。
大野「確かに、アビスパの営業に転職してから『私って思っていた以上にお喋りだったんだ』と思うことは多いですね(笑)」
平田「スタッフは地域に対する理想像を持っていて、そうした想いを語ることで信頼関係が深まりますし、企業の本当のニーズを教えてもらえることもあります」
――お二人のSNSには、スポンサー企業の方々と交流されている写真やエピソードが投稿されており、仕事の関係を超えた信頼関係もあるのかなと。
大野「プライベートでもお世話になることはあります。私は単身で縁もゆかりもない福岡にやってきたのちに転職したので、スポンサー様のお店でサポーターと一緒にアウェイの試合を観戦したり、ご飯を食べたり、仕事を超えた繋がりが生まれているのはありがたいです。今は福岡を第二の故郷のように感じています」
――営業活動においては、スポンサー企業の経営層と会話する機会も多いでしょうから、社会人として学びの機会も多くありそうです。
平田「成長している企業にアプローチすることも多く、経営ノウハウや組織作り、立ち振る舞いまで、経営者から直接学べる機会があることは(営業の)楽しさの1つだと思います。学生さんから『Jリーグクラブで働きたい』という相談を受けることが結構あるのですが、多くは『広報』や『マーケティング』の部署を希望されていて、営業は人気がないので、ここで魅力をアピールしておきます(笑)」
新体制での変化
――ここ数年、スポンサー企業への取材を通じて感じるのは、Jクラブに対して求めるものの変化、多様化です。クラブ側からの目線で、昨今のトレンドについて感じることはありますか?
平田「コロナの影響は大きかったでしょうね。スタジアムへの入場制限等もあって、スポンサーメリットとしての露出価値が減った中で、サッカーを活用して企業の価値を高めるために何を重視されているのか。個人的には『3つのコミュニケーション』がポイントになると思っています。
1つ目は『インナーコミュニケーション』。リモートワークを導入している企業など、社内のコミュニケーションを活性化するためにアビスパを活用されているということ。
2つ目は『地域とのコミュニケーション』。アビスパをハブとして、スポンサー企業間の繋がりや、東京本社の会社が福岡のコミュニティとの接点を持つきっかけの提供ですね。
3つ目は『ブランドコミュニケーション』。企業のビジョンやカルチャーを、スポンサーシップを通じてサポーターや既存顧客に理解してもらうということ。
それぞれの要素を掛け合わせて、アクティベーションを検討されている企業が増えているように感じます」
――なるほど。お話いただいた『3つのコミュニケーション』は、大企業に多いニーズという印象もあるのですが、地元企業のスポンサーはいかがでしょうか?
大野「1つ目の『インナーコミュニケーション』は共通していると思います。特に今年からはマスクの着用が自由化になって、外出の制限もなくなったので、社員向けのスタジアム観戦に関するご相談は増えました。あとは、これもコロナの影響があるかもしれませんが、自社の利益以上に、地元への貢献を考える企業様が多く、その選択肢の1つとしてアビスパのスポンサーになっていただくケースも増えましたね」
――“コロナの影響”という視点では、4月末に実施された2022年度決算報告をテーマとしたYouTube配信で、川森会長はスポンサー収入に関して、2022年度以上に2023年度は影響を受ける可能性について言及されていました。
大野「一概には何とも言えませんが、アフターコロナの方が厳しいという企業様もいらっしゃるので、慎重に予想した結果(としての発言)だったのかなと個人的には思います。繰り返しですが、私たちとしては各スポンサー様の状況に合わせた形で寄り添っていければと考えています」
平田「質問の回答としては少しズレるかもしれませんが、先日取材いただいた『アビスパDAO』のようなWEB3施策しかり、毎年新しいことに挑戦して、ステークホルダーの皆様の課題を解決できるように発展させていくことが大切だと思っています」
――今年4月、社長に古屋卓哉氏が、会長に川森敬史氏が就任する人事が発表されました。新体制で変化することはあるのでしょうか?
平田「川森が会長に残っていることもありますし、運営方針が大きく変わることはありません。ただ、今後も新しいことに挑戦しつつも、質の追求は今まで以上に求められる体制だと思います。古屋は事業の効率化、最大化の意識が高い人物なので、今後クラブが(売上高を)28億から40億、50億と伸ばし、ACLに挑戦するというロードマップがある中で、価値や利益を更に増やしていくフェーズに入ったのかなと」
大野「古屋が社長に就任してから『採算意識を持った仕事をしよう』と頻繁に言われているので、社員のコスト意識はかなり高まっていると感じます。売上だけではなく、利益を意識して行動することは増えていますね」
――クラブ全体としては、債務超過の解消も大きなテーマの1つになります。
平田「だからこそ挑戦しなければいけません。例えば、チーム強化費を削減すれば債務超過は解消できるかもしれませんが、それはクラブとして望む形ではない。債務超過を解消して、売上・利益を伸ばしていくためには、挑戦を続けないと達成できないと考えているので。その上で(挑戦の)質を高めていく。それがこの先数年のテーマです」
――営業として検討されている新たな挑戦はありますか?
大野「担当する企業様から『スポンサー同士の繋がりを増やしたい』というご相談を受けることがあるので、そうしたマッチングから新しい企画を創造し、スポンサー様の満足度を高めることは今年計画していることの1つです」
――今日はありがとうございました。今後もお二人のご活躍を楽しみにしています。
平田「ありがとうございました。営業は学生には人気がないですが(笑)、売上高の40~50%がスポンサー収入というクラブが多く、やりがいのある仕事です。『スポンサー収入を増やすことが、チームの強化にも直結する』と本気で思っているので今後も活動していきたいと思っています」
Yoshihisa HIRATA
平田 剛久
アビスパ福岡株式会社 執行役員 マーケット開発部 副部長。 大学在学中にプロモーション会社設立。その後SportsManagementSchool(SMS)にてスポーツマネジメント、スポーツマンシップを学び、Sportsmanship.asia北京支社長としてサッカースクールの運営等で半年間北京に駐在。 2015年よりアビスパ福岡のスポンサー営業として入社。 2020年よりマーケット開発部を設立しスポンサーセールスと新規事業開発を推進中。アビスパDXパートナー、アビスパDAOなどスポーツと新しいジャンルを掛け合わせた事業づくりにチャレンジ中
Kanna OONO
大野 緩奈
アビスパ福岡株式会社 事業推進部所属。2015年、企業経営における課題解決を中心としたコンサルティング会社に新卒入社をし、スカウト事業や経営顧問事業の新規・既存深耕営業に従事。2019年にアビスパ福岡に転職をし、事業推進部にてスポンサーセールスを担当する
Photos:©avispa fukuoka
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Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime