“バルベルデ・システム”の継続と“ロドリゴ・システム”への再構築――辿り着いた完成形は連覇にあと一歩届かず。レアル・マドリーのシーズン総括と来季の展望
9シーズンぶりとなるコパ・デルレイのタイトルを掲げたものの、連覇を狙ったラ・リーガ、CLのタイトルには手が届かなかった。2022-23シーズンのレアル・マドリーをパフォーマンス面から総括するとともに、絶対的エースFWとして君臨してきたカリム・ベンゼマの退団で大きな転換点を迎えることになる2023-24シーズンに向けて何が必要になるのか、エリース東京FCのテクニカルコーチを務めるきのけい氏が分析する。
今季のレアル・マドリーは浮き沈みの激しいシーズンであった。UEFAスーパーカップの快勝に始まり全コンペティションを通して開幕9連勝と最高のスタートを切った。W杯前までの成績は上々だったものの、その後に失速。クラブW杯のタイトルは手にするも、スーペルコパは決勝で宿敵バルセロナに破れ、ラ・リーガも彼らに大きく引き離されてやすやすと連覇の可能性を手放してしまった。終盤にはバルセロナへのリベンジを果たし決勝でもオサスナを破って久々にコパ・デルレイを制したが、王者として臨んだレアル・マドリーの最重要コンペティションであるCLではマンチェスター・シティに昨季の雪辱を果たされ、再び決勝に駒を進めることはできなかった。総じて言えばクラブとして決して満足のいくシーズンではなかったように思われる。本稿ではその軌跡を振り返り、シーズンを総括して来季を展望する。
継続路線に見えた上積み
2022年夏、マルセロ、ギャレス・ベイル、イスコといった出番を失っていたレジェンドたちに別れを告げ、シーズン開幕直後には依然として絶対的な存在であったカセミロの退団が決定。特にプレー面でも精神面でもチームを引っ張っていた中盤の大黒柱を失った影響はすぐに表れるかと思われたが、カルロ・アンチェロッティ監督は落ち着いていた。“勝っているチームはいじるな”という格言の下、チームの再構築よりも継続路線を選んだ。
チームの面々は昨季のラ・リーガ制覇、そして何より劇的な展開の連続で果たしたCL制覇という成功体験を経てそのシステムに自信を持っていたし、実際にその機能性は明らかに洗練されていた。以下このシステムを“バルベルデ・システム”と呼ぶことにする。
昨季の記事でも何度も述べてきた通り、このシステムの核はフェデリコ・バルベルデであった。驚異的な運動量を誇る彼を[4-3-3]の右ウイングに据えることでブロック守備時に4バックと擬似的な5バックを使い分け、スペースを与えない低いラインで相手の攻撃を受け止めつつ、インサイドハーフのルカ・モドリッチとトニ・クロースのプレス耐性を活かしてロングカウンターに移行する。そしてカリム・ベンゼマ、ビニシウス・ジュニオールの古き良き阿吽(あうん)の呼吸でゴールを仕留めるというものである。チームで最も質的優位性のあるビニシウスの火力を最大化するために彼は前残りすることを許されており、その背後のスペースをチームとしていかに管理するかがブロック守備のテーマとなっていた。ざっくりと言えば、逆サイドでバルベルデが2人分の働きを見せることが解決策だったというわけだ。
“バルベルデ・システム”を変える必要がなかった最も大きな要因として、新加入のオレリアン・チュアメニが早々にチームにフィットしたことが挙げられる。
ブロック守備においてカセミロが担っていた、ライン間に侵入してきた相手を食い止めたり、時に最終ラインに加わりいち早く危険なスペースを埋めてクロスを弾き返したりといった役割をチュアメニは無難にこなした。ビニシウスの背後のスペースに簡単に釣り出されて中央の危険なスペースを空けてしまうシーンも見られたが、シーズン序盤は同格クラスの強豪との試合が少なかったこともあり、ビニシウスを前残りさせる収支はプラスとなっていた。よってカセミロと比較した時のチュアメニのブロック守備時における強度が問題視されることはなかった。GKティボ・クルトワ、CBエデル・ミリトンは驚異的なパフォーマンスでゴールに鍵をかけた。
さらにレアル・マドリーは相手のハイプレスや、ポジティブトランジションにおける相手のカウンタープレスを回避しカウンター(擬似カウンターやロングカウンター)を繰り出すことができた。配球の面で大きく成長を遂げたクルトワと両CBが我慢強く地上でボールを動かし、両SBはタッチライン際に大きく開くことで中央のスペースを広げ、正対することで相手の足を止めてボールを中盤の選手へと逃すことができた。敵陣で行う守備においてマンツーマンの要素が年々強まっている現代サッカーでは配置の流動性を高めることがその対抗策の1つになっており、カセミロが何年もかけて獲得したモドリッチ、クロースの移動によって生まれるスペースに移動するポジショニングセンスと、正対やプレスラインを切るといった個人戦術のどちらもチュアメニがすでに高いレベルで有していたことで、ことボール保持においては穴を埋めるどころかむしろ機能性を引き上げたようにさえ見えた。ラ・リーガ第6節のアトレティコ・マドリー戦の先制ゴールはその最たる例と言える。
その恩恵を受け“覚醒”を遂げたのがシステムの主役であるバルベルデであった。カウンターからベンゼマやビニシウスがスペースのある敵陣を強襲するのだが、2人が相手を引き連れることによって空いたマイナスのスペースを目的地として推進力のあるドリブルで侵入する、あるいはクロスを待ち合わせるシーンが増加。アンチェロッティの助言もあってかバルベルデは明らかに積極的に足を振るようになり、ミドルシュートのほとんどが面白いようにゴールネットを揺らした。
もう1つの上積みとして挙げられるのはロドリゴ・ゴエスの成長である。昨季のCLでの活躍が思い出される彼だが、負傷離脱したベンゼマの代役として偽9番に抜擢されると新境地を開拓。ビルドアップの出口として細かく味方選手と胸を合わせ続け、ボールを呼び込んで自ら前を向き、相手と正対して重心の逆を突きながらブロック内に侵入していくプレーが猛威を振るった。ベンゼマの不在による影響を最小限に抑え、復帰後は再びベンチからのスタートが増えたが、中央で価値を示せるようになったロドリゴをベンゼマの背後に据える布陣がレアル・マドリーの新たなオプションとなる可能性を感じさせた。
属人的なサッカーが引き起こした停滞
W杯を境に、正確にはその少し前から、レアル・マドリーの歯車は徐々に狂い始めていく。……
Profile
きのけい
本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki