好評発売中の『エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』は、欧米で急速に広がる「エコロジカル・アプローチ」とその実践メソッド「制約主導アプローチ」の解説書だ。今回はエコロジカル・アプローチの実践編として、書籍では触れられなかったコーチング時の声かけについて著者の植田氏に掘り下げてもらった。
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赤ちゃんは「意図」から学ぶ
人体は多くの関節からなり、それらの周りにはさらに多くの筋がついています。このような複雑な人体の仕組みによって、人間の運動はほぼ無限の動作パターンが可能になっています。私たちは果たしてこの無限の自由度から特定の運動をどうやって選択し続けているのでしょうか。「自由度問題」と呼ばれるこの問いに答えることが、運動行動を解き明かす上で重要な問いになってきます。
この「自由度問題」に対する伝統的なアプローチは、正しい運動を規定し、コーチによる直接指導、タスクの分解と反復、言語的指導などを通じて対処してきました。つまり、放っておけばカオスしか生まれないため、特定の(正しいとされる)運動を恣意的に選び、それを学ぶというイメージです。
これに対して制約主導アプローチは、運動の意図(インテンション)があれば運動は自然と学習されると考えます。意図とは「こんな運動がしたい」という思いや目的意識のこと。例えば、赤ちゃんの目の前で、大人がテニスボールを手に取り、逆手に抱えた筒の中にボールを入れる動作を行うと、赤ちゃんは言葉で説明しなくても真似ることができます。教わるまでもなく、自発的に学習しているということです。
驚くべきは、赤ちゃんがこの行動を真似る時は両手でボールを掴み、腕を大きく挙上し、お腹あたりで抱えた筒にボールを入れるという点です。つまり、大人の動きをそのまま真似ているわけではないのです。赤ちゃんは自発的に大人が示していない独自の運動を学習していると言えます。そもそも人間は動作そのものではなく、意図(この場合は筒にボールを入れる)を学習しているのではないでしょうか。
同様の例として、目の前の紙に自分の名前を書けるようになれば、(やったことがなくても)大きな黒板に自分の名前を書くことができるはずです。前者は指先だけの動作、後者はほぼ全身運動であり、実はまったく異なる運動であるはずなのに。この例も同様に、我々は運動そのものではなく、意図を学習していることを示しています。
エコロジカル・アプローチや制約主導アプローチが主張するのは、以下のような学習の流れです。
最初に意図があり、それを達成しようとするだけで機能的な運動制御の仕組み(身体のどのポイントを安定的に用いるか、変化させて用いるかという構造のこと)が自然と生まれ(自己組織化)、それさえあれば具体的な動作自体はコンテキスト(場)に合わせて適応させられるということになります(転移)。
では、そうした意図はどのように与えられるのでしょうか?
通常、意図は運動課題を与えることによって生じます。つまり、動作から教えるのではなく、運動課題という制約を与えることから始まるものなのです。
運動課題さえ与えれば、現在の自分の身体で(赤ちゃんの手のサイズ、四肢の長さ)、現在の環境で(紙に書くのか、黒板に書くのか)現在の運動課題(テニスボールを筒に入れる、名前を書く)を達成するために機能的な運動はある程度絞られると考えられます。ちなみに、これらは個人制約、環境制約、タスク制約と呼ばれています。……
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Profile
植田 文也
サッカーコーチ(FCガレオ玉島)、スキル習得アドバイザー(南葛SCアカデミー)、スポーツ科学博士。早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程、ポルト大学スポーツ科学部修士課程にてエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、非線形ペダゴジー、ディファレンシャル・ラーニングなどの運動学習理論を学ぶ。Twitter:@FumiyaUeda