閉幕を迎えた22-23のプレミアリーグでクラブ史上初となる欧州カップ戦出場権を獲得したブライトン。その躍進を支えた選手発掘戦略を、同じイングランドのストークでスカウトを務める田丸雄己氏に考察してもらった。
ブライトンといえばユニークな手法で才能を発掘していることで有名だ。さらに獲得された選手は着実にクラブの戦力へと成長。格上のクラブに引き抜かれても同じポジションに次のタレントが待っている持続可能な戦略が構築されている。
例えば2019年冬にアルヘンティノス・ジュニオールから推定800万ユーロの移籍金で加入した当時20歳のアルゼンチン人アレクシス・マカリステルは、古巣とボカ・ジュニオールへのレンタル移籍を挟み今や市場価値4200万ユーロもの評価を受けるトップ下へと変貌を遂げた。ロベルト・デ・ゼルビ監督も仄めかしているように今夏の退団が濃厚だが、クラブは先手を打って同胞の18歳ファクンド・ブオナノッテ、パラグアイ代表の19歳フリオ・エンシソ、エクアドル代表の20歳イェレミ・サルミエントと、穴埋めが期待できる南米産の若手有望株を2列目にそろえている。
そのスカウティングやリクルートメントにおいて話題に上がるのは独自のデータ活用や、南米のスカウト網のようなメソッドの話ばかり。ただ、ブライトンがここまで結果を残しているのは、それらが魔法のような効果を持っているからではない。根幹たるクラブカルチャーが整っているからこそである。現在のスカウティングにおいて、必勝法は存在しない。すべては「マージナルゲイン(1ミリの差で競争相手に勝る)」ということだ。
「ホモジナイゼーション」を回避する客観と主観
ギャンブル界出身者でオーナー兼チェアマンのトニー・ブルームの下、ブライトンにはスポーツベッティング由来のデータベース・アルゴリズムを駆使した選手評価が導入されている。この独自の算出方法によって導き出したパフォーマンスデータに加え、従来から存在する年齢やポジション、イベントデータを軸にして選手のフィルタリングを行っている。
しかし、データベースはブライトンにとってあくまで判断材料の一つ。クラブ内では主観的評価もデータと等しい重みで考えられている実態が『ジ・アスレチック』で明かされている。その姿勢は、彼らがロンドンをはじめとする中心地にいまだに多くのクラシックなスカウトを置いていること、元プロ選手の知見を生かしたポジション別スカウトの雇用を増やしていることからも筆者は体感している。すなわちクラブの設定したパフォーマンス指標の項目をクリアした選手の中から、自分達のスタイルに当てはまる若手をデータや主観的評価を用いつつ、さらにふるいをかけて選び抜くのが彼らのスカウティングプロセスだと言えよう。
では、なぜ客観と主観の双方を重視するのか?その利点は「ホモジナイゼーション」(homogenization)の回避だ。日本語で「均質化」を意味するホモジナイゼーションは、スカウト界隈では「あるスカウト手法の構成上、複数クラブのターゲットとする選手が似通う現象」と言い替えられる。極端な例を出すと、今では滅多に起こり得ないが10クラブがある大会の得点ランキングだけをもとに獲得選手を決めた場合、アプローチが上位2、3人に集中するということだ。……
Profile
田丸 雄己
1994年生まれ。高校卒業後、イギリスに短期留学した後、Jクラブやサッカーコンサルティング会社での勤務を経験。その後、イギリス、ロンドンにあるセントメアリーズ大学に進学。在学中にチェルシーアカデミーでスカウトのインターンを経験し、現在は英二部ストーク・シティとスコットランド一部マザーウェルでスカウトとして活動中。ロンドンエリア、Jリーグのスカウトを担当している。