アーノルドのボランチ化は諸刃の剣。リバプールを復活させた“トレンチシステム”の今と未来
昨季プレミアリーグで勝ち点92を積み上げた2位チームが、今季は残り2試合で同65の5位。早々に優勝争いから脱落したリバプールだったが、それでもここに来て9戦無敗(7勝2分)と怒涛の追い上げを見せ、CL出場権獲得に望みを繋いでいる(1試合未消化の3位ニューカッスル、4位マンチェスター・ユナイテッドと1ポイント差)。その復調の要因として、『リバプールFCラボ』戦術班のトリコレッズ(@YLfc91)さんが第一に挙げるのが、クロップ監督が新たに導入した“トレンチシステム”だ。
苦しみ続けた今季のリバプールだが、シーズン終盤に来てリーグ戦7連勝と急激に調子を上げている。CL出場権獲得に向けては遅きに失した感もあるが、一縷の望みを残した状態だ。ではなぜ、リバプールはこのようなV字回復を見せることができたのか。
その要因として注目されているのが、トレント・アレクサンダー・アーノルドがボランチに入るシステムだ。本稿ではこの新戦術の分析を軸に、リバプール復活の理由、そして来季のチーム像を展望していく。
偽SBとも違う“トレンチシステム”とは?
“トレンチシステム”。我われ『リバプールFCラボ』では、「トレントがボランチに入るシステム」を略してこう呼んでいる。聞き慣れない方も多いだろうが、比較的シンプルで呼びやすいので、本稿でもこの仕組みをトレンチシステムと呼称させてもらう(のちほど説明するが、他に優れた呼称がないという理由もある)。
まずはその概要を見てみよう。トレンチシステムは、リバプールのビルドアップ時、トレント・アレクサンダー・アーノルドが右SBの位置からファビーニョの右隣へと移動することが肝(というかすべて)である。この際バックラインは右にスライドして4バックから3バック化し、全体としては[3-2-2-3]ないし[3-2-5]という並びになる。左ワイドにはカーティス・ジョーンズ、右ワイドにはモハメド・サラーを配置するのが鉄板だ。
この形の利点は何か? それはもちろん、「アーノルドが中央からボールを蹴ることができる」点だ。
そもそも、リバプールにはシステマチックなビルドアップやフィニッシュ構築の仕組みはほぼ存在せず、選手個々の能力に頼っていた部分が大きい。しかし昨季終盤から続く連戦に伴う選手のコンディション悪化、ケガ人の続出、そして主力の高齢化により、有効な前進の手立てを失っていた。これが、今季の不調のざっくりとした原因だ。
そこでユルゲン・クロップは、ビルドアップの軸としてチーム内で最も高い個の能力、すなわちアーノルドの右足を指名した。そして「安全な状態でアーノルドにボールを届ける」ための最小限の仕組みを導入し、状況の打開を試みた。これがトレンチシステムの誕生の背景である。サイドではなく中央でボールを持たせるのは、もちろん360°好きなところにパスが出せるという点と、守備時にサイドで相手サイドハーフから1対1のプレッシャーを受けるよりも、3バック+2ボランチのビルドアップ隊の一角に置くことで相手のプレッシャーを軽減できるという狙いもがあるのではないかと推察する。
ちなみに、これを「アーノルドの偽SB化」と呼ぶ場合もあるが、個人的にはそこまで大それたものではないと思っている。というのも、偽SBというのは単にSBが中に入ることだけを意味せず、CBからウイングへのパスルートの開通、被カウンター時の中央のブロック強化など、その他様々な利点を得るべく導入されるものだ。しかし、今のリバプールにはそのような目的は(少なくとも主目的としては)存在せず、本当にただ「アーノルドさん、ピッチ中央でボール持っていただいて、あとはお願いします」ということだけを目的にこの仕組みを導入していると考えられる。そういう意味で、このトレンチシステムという呼び名は的を射ているのではないかと感じている。トレントをボランチに置いて仕事をさせる、それがこのシステムの最大にしてほぼ唯一の目的なのだ。
そして実際、このシステムは猛威を振るっている。
まあ、それは当然といえば当然だ。アーノルドの右足から放たれるキックの質は明らかにワールドクラスであり、彼に中央で自由にボールを蹴らせればチャンスが生まれるのは道理である。スタッツを見ても、今季のリーグ戦、アーノルドはトレンチシステム導入前の27試合で2アシストだったのに対し、導入した第30節ホームのアーセナル戦(2-2)以降は5試合連続の計6アシストを記録。劇的なまでのV字回復で、まさに現在のリバプールの”王様”と呼ぶにふさわしい活躍だ。
ボランチの位置だと対人での守備力の問題が露呈することも少なく、アーノルドはのびのびとプレーしている。このシステムを使い始めて数試合は中盤深くからロングボールを用いて、いわゆる「ディープ・ライイング・プレーメイカー」(イタリア語でレジスタ)としてプレーすることが多かったが、それ以降は前線にも積極的に顔を出すようになっている。そして長いパスだけでなくグラウンダーの縦パスや、ミドルシュートなども積極的に披露し始めている。
決定力お化けのディオゴ・ジョタ、そして今季序盤のチームを牽引していたルイス・ディアスの復帰も相まって、リバプールは見違えるほど点が決まるようになった。終盤戦に差しかかるまでは不調だったエースのサラーも、PKの回数が増加したこともあって得点を量産している。それまでの28試合で12ゴールだったのに対し、トレンチシステム導入後7試合で7ゴール。なんだかんだで今季も19ゴールまで到達したのは立派だ。アンフィールドでの公式戦100ゴール、またスティーブン・ジェラードに並ぶリバプール通算186ゴールも達成し、彼自身もリバプールの生けるレジェンドとしての階段を一歩また一歩と登っている。……
Profile
トリコレッズ
LFCラボライター・戦術班所属。2005年、「イスタンブールの奇跡」でリバプールファンに。少年サッカー時代にCBだったこともあり、CBの選手を偏愛している。Jリーグでは横浜F・マリノスのサポーター。