浦和の守備の質的優位とキーマン封じがアル・ヒラルの想定を上回った第1レグ。ACL制覇へ向けて、浦和の“選択”がポイントに
2022シーズンのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝第1レグは、敵地に乗り込んだ浦和レッズがアル・ヒラルの猛攻を1点に抑え、貴重なアウェイゴールを手にして2017シーズン以来となるアジア制覇へ前進した。第1レグのピッチ上での攻防を分析するとともに、第2レグの鍵となるポイントを挙げる。
国内リーグ戦でお馴染みになっているメンバーを並べた浦和レッズ。対するアル・ヒラルは外国籍枠でオディオン・イガロ、ムサ・マレガ、ミシャエウにアジア枠のチャン・ヒョンスを加えた4選手を起用。中盤にボール奪取力の高いグスタボ・クエジャルかアンドレ・カリージョを起用すると予想していたが、好調のミシャエウを優先した。セントラルハーフにスキルに優れたモハメド・カンノとサルマン・アル・ファラジを並べるというファンタジーあふれる布陣になったが、ホームで浦和を押し込む展開になることを考慮したスタメンだったのだろう。
ともに想定内の立ち上がり
プレビューで予想していた通り、アル・ヒラルがボールを保持する形で試合はスタート。浦和が守備時に[4-4-2]で構えたこともあって、アル・ヒラルはビルドアップの配置でカンノ、もしくはアル・ファラジのどちらかがCBの間に下りる形を多用してきた。
アル・ヒラルの枚数の調整に対して、浦和は色気を出さずに対応する。具体的にはサイドハーフもセントラルハーフも2トップによるプレッシングに加担する気配はなく、興梠慎三と小泉佳穂のコンビはボールを奪い取るのではなく、相手のボール循環を誘導する意思を見せた。彼らの役割は、2トップ脇からボールを運ぼうとする相手選手へプレッシングをかけることと、自分たちの背後をアンカー(アル・ファラジかカンノ)に使わせないことを優先しているように見えた。
両チームの“誤算”
ボールを保持することに成功したアル・ヒラルは、ボールを循環させながら浦和レッズのプレッシングルールが実際にどのような形で行われているかを観察。そして、最初の誤算が見つかる。それは、ロングボールがまったく機能しないことだった。イガロとマレガを2トップで起用して浦和のCBとマッチアップさせる形を選択したアル・ヒラルだったが、相対したアレクサンダー・ショルツとマリウス・ホイブラーテンが抜群の強さを見せつける。せめてセカンドボールを拾えれば良かったのだが、セントラルハーフのカンノとアル・ファラジがビルドアップ隊の役割を担っていたため空中戦が行われているエリアとの距離が遠く、サポートに行けない。こうしてロングボールによる攻略が難しいと見たアル・ヒラルは、地上戦の割合を増やしていく。
セーフティにプレーを続ける浦和に対して、アル・ヒラルが延々とボールを保持するだけの展開が続く。浦和はとにかく内側を重視して守備を固めていた。相手がライン間でボールを受けることを許さない代わりに、大外レーンでボールを受けることは許容しているようだった。そして、チャンスとあれば大外レーンをボールの奪いどころと設定し、献身的なサイドハーフとボールを奪う圧を見せられるSBが、アル・ヒラルの選手たちに襲いかかる構図に。
その後、ボールを奪い切ることができるようになってきた浦和は、徐々に安全第一な姿勢からボールを繋げたら繋ごうという姿勢に移行していく。安易に相手の裏に蹴っ飛ばしたり、ハイボールで分が悪い場所にボールを放り込んだりすることはなく、酒井宏樹の空中戦での出番が時間の経過とともに増えていった。
しかし、そんな姿勢が裏目に出ることになる。ボールを奪えるようになったことで安全第一にプレーする選手と、これは普通にプレーできるのではないかと考える選手の間で意識のズレが生じてしまったのかもしれないし、ACLの決勝という舞台が影響したのかもしれない。くさびのパスを敵陣中央で受けた小泉の落としがズレて相手にボールを与えると、一度は奪ったボールを再び奪い返され右サイドへの展開を許す。タッチライン際でパスを受けたミシャエウが明本考浩を華麗にかわし、クロスの処理ミスからサレム・アル・ドーサリに決められてしまう。
アル・ヒラルの第2の誤算
ビルドアップ隊とフィニッシャー隊を分けることは、世界中で行われている。アル・ヒラルの場合は中央の[2-2]でビルドアップを行い、SBが高い位置に進出していく。その際、得点シーンでミシャエウサイドのSBが内側に立ち大外からミシャエウが仕掛けたように、SBが内側に入り大外に立つサイドハーフをサポートする仕組みを両サイドで行っていた。アル・ヒラルのこうした設計は悪いものではなかったのだが、一方でビルドアップ隊とフィニッシャー隊を行ったり来たりする選手が少ない点が問題となっていた。
本来ならば、アル・ヒラルは相手の2トップ脇から運ぶドリブルで主にCBが前進に加勢する形を得意としていそうなのだが、この試合では浦和のハードワークによって、CBにその時間が与えられなかった。そうなった時、フィニッシャー隊から選手がサポートに来れば状況が変わるのだが、左サイドハーフのS.アル・ドーサリが自由に動き回るくらいで、前線と後方を繋ぐ選手が限られていた。
S.アル・ドーサリは先制点の前からビルドアップ隊とフィニッシャー隊を繋ごうという動きを見せ出していたのだが、孤軍奮闘感は否めなかった。加えて、ボールを持つS.アル・ドーサリを浦和が“狩り場”として設定していた可能性は高い。ボールを持つ選手を奪いどころに設定するのは定跡である。リオネル・メッシですらその対象になるくらいだ。こうして前と後ろを繋ぐキーマンに狙いを定めたことで、浦和が徐々に自分たちの時間を増やすことに繋がっていく。
最終ラインの奮闘
S.アル・ドーサリの自由化は問題解決のために行われたものだったのだろうが、これにより新たな問題が起きる。アル・ヒラルの左SBモハメド・アル・ブレイクは本来右サイドの選手であり、左サイドもできなくはないが本職ではない。そうした事情もあってか、S.アル・ドーサリがリンク役になるために中央へと出張した際、アル・ブレイクが孤立する形となってしまう。アル・ブレイクは単独で何かができる選手ではない。アル・ヒラルとしては持ち味のボール保持によって浦和を左右に何度も動かしたいところだったはずだが、左サイドが機能しないことでそのプランは絵に描いた餅となってしまう。
対する浦和は、GK西川周作へのバックパスを交えながら徐々に相手の動きに対応していく。失点に繋がってしまった小泉の落としのズレや岩尾憲の西川への浮き球パスなど、ところどころ危険な雰囲気を内包していたことは否めない状態ではあったものの、空中戦に勝ちまくる酒井、空中戦でマレガを相手に平気で競り勝つ明本には驚かされた。
失点したことで前から奪いに行きたい浦和だったが、自分たちがボールを持つことに徐々に慣れたこともあって、余計な色気は出さない戦い方を継続。ボールを奪ってからのカウンターの機会が増えるようになっていく。小泉のループスルーパスや伊藤敦樹がボールを奪うも興梠が滑ってしまった場面など、相手を焦らせる場面を作り出せるようになっていった。
その後、アル・ヒラルは機能しない左サイドを復活させるためにS.アル・ドーサリを中央へ、ミシャエウを左サイドに移動させ並びを[4-2-3-1]へと変更する。しかし、ミシャエウサイドには酒井がいる。そして、明本も空中戦でマレガに競り勝つ。こうして最終ラインが質的優位を示し続ける浦和に対して、アル・ヒラルはビルドアップ隊が時間とスペースを作れないとどうしようもない状態へ陥っていく。アル・ヒラルのビルドアップ隊の動きを阻止し続ける浦和の守備は本当に素晴らしかった。失点シーン以外で前半に守備に穴ができてしまった場面は、35分にS.アル・ドーサリがライン間でボールを受けた場面くらいだろう。
相手の弱点を突き同点、猛攻を凌ぎ切る
浦和は、キックオフからレアル・マドリーを彷彿とさせるようなデザインプレーを披露。この試合では実らなかったがCKやスローインでも仕込みを見せており、第2レグに期待したい。
後半の頭から、アル・ヒラルは再び[4-4-2]に戻してきた。プレッシングの構造は配置にかかわらず同じで、前から捕まえにいくことを基本としている。セントラルハーフのアル・ファラジが岩尾まで出てきて対応していたのだが、その代わりに伊藤がフリーになることが多かった。それを生かして浦和は伊藤をビルドアップの出口としたり、アル・ファラジがいなくなったスペースを共有したりすることで前進を図る。加えて、後半に入ると両サイドハーフを内側に移動させてカンノ周りを狙う姿勢も見せていた。
そして、この動きが同点ゴールのきっかけとなる。自陣からの速攻で大久保智明が中央に入ってボールを引き出しスルーパス。相手DFがクリアし損ねポストに当たり跳ね返ってきたボールを興梠が押し込んで浦和が同点に追いついた。
しかし、60分過ぎからアル・ヒラルのビルドアップ隊が息を吹き返す。失点したことでどうにかしないといけないという想いもあれば、浦和レッズの1列目コンビのハードワークが徐々に間に合わなくなっていった面もあるだろう。また、同点に追いついたことで浦和の2列目が位置を下げたことも大きかったかもしれない。危険な場面にこそ至らないまでも、1列目と2列目の間を徐々にアル・ヒラルに使われるようになっていく。
65分、ボールが行ったり来たりする中で訪れたマレガのシュートは、浦和にとってこの試合で一番のピンチだったかもしれない。このままでは崩されると見てホセ・カンテと安居海渡を投入する。孤立した状態で奮闘する安居と空中戦で貢献するカンテだったが、チーム全体として守る雰囲気が充満していたこともあり、彼らのプレッシングは興梠と小泉の時ほど効果的にはならなかった。
68分、アル・ヒラルは再度[4-2-3-1]へ移行しミシャエウが左へ移動する。75分にはアル・ヒラルにとって第2レグのキーマンになりそうなアブドゥラー・オタイフがピッチへ。ミシャエウで勝負なんだと言わんばかりに、左サイドにボールを展開していく。おそらくはチームの指示だったのだろう。
セットプレーなどで怖さはあったものの、浦和は冷静に時間を消化することに成功する。そして、85分にS.アル・ドーサリが報復行為で退場。これで安心度が増すかと思いきや、展開は変わらずアル・ヒラルの猛攻を受け止めることになったものの、最後までスコアは動かずに1-1のまま終了。浦和ホームとなる第2レグで決着をつけることとなった。
ボール保持でも戦えた第1レグをどう考えるか
第1レグのアル・ヒラルは、ビルドアップ隊とフィニッシャー隊がバラバラになる傾向があった。これまでの試合では多少雑なボール保持でもフィニッシャー隊の質的優位で押し切ることができたのだろうが、浦和の最終ラインを相手に時間とスペースがない状況では厳しそうだった。
アル・ヒラルの中でビルドアップ隊とフィニッシャー隊を繋ぐ役割ができそうな選手はS.アル・ドーサリとアル・ファラジだが、前者は出場停止となり後者が負傷してしまったのは浦和にとって朗報かもしれない。ただ、第1レグではメンバーから外れたクエジャル、カリージョ、ルシアーノ・ビエットが代わりに出てくると、少し様相が変わってくるかもしれない。
とはいえ、アル・ヒラルは第1レグで交代カードを2枚しか切らなかったようにスタメンと控えに差があり、選手層では浦和に軍配が上がる。
浦和からすると、アウェイゴールが状況を複雑にしている。スコアレスドローでも優勝と考えると、第1レグと同じ展開に持ち込むことも間違ってはいないだろう。伊藤をビルドアップの出口としたように、大久保をカンノの周りで使えたように、ボール保持でも十分に戦えることは第1レグで示すことができた。ただし、前半の失点場面や後半のマレガのシュートのように、攻めた後のミスが命取りになることもある。ホームの大声援を背に、浦和がどのような戦い方を見せるのか、楽しみたい。
AFCチャンピオンズリーグ決勝
浦和レッズ vs アル・ヒラル(サウジアラビア)
決勝 第2戦
日時:5月6日(土)18時キックオフ(17時30分~配信開始)
会場:埼玉スタジアム2○○2/埼玉
解説:佐藤寿人&槙野智章
実況:野村明弘
配信:DAZNにて独占ライブ配信
Edition: Yuichiro Kubo
Photos: Getty Images
Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。