4月12日発売の『フットボリスタ2023年5月号』は、現代サッカーにおいて復権しつつある「ウイング」を大特集。その連動企画としてWEBでは、サイドを主戦場に活躍する国内外の選手にスポットを当てる。第3回は、リーガ第28節レアル・マドリー戦(○2-3)での2得点を含む全ゴールに絡む活躍でいっそう評価を高めたビジャレアルのサムエル・チュクウェゼ。2022-23シーズン後半戦、キケ・セティエン監督の下でナイジェリア代表ドリブラーが覚醒している要因を、スペイン在住の木村浩嗣氏が解き明かす。
チュクウェゼが爆発している。
今季ここまでの13ゴール11アシスト(4月28日現在)は得点もアシストもキャリアハイ。市場価格は19年6月の3000万ユーロを最高にここ数年は2000万まで下がっていたが、次の更新時にはこれも最高額を記録するに違いない(移籍情報サイト『トランスファーマルクト』)。まだ23歳、契約は残り1年、今夏はそれでも欲しいというビッグクラブのオファーが殺到しそうだ。
ウイングの起用法に見る両監督の戦術差
爆発は監督交代のタイミングと一致している。
10月に前監督ウナイ・エメリが退任するまでは2ゴール2アシストで、現監督キケ・セティエンになってから11ゴール7アシストなのだ。
何が変わったのか?
まずコンディションである。昨季全治4か月の大ケガをした影響で今季エメリの信頼を回復するのに時間がかかったが、今は万全の体調で臨んでいる。
次に戦術の差である。
エメリは「SBの育成工場」と呼ばれ、ジョルディ・アルバとアレイクス・ビダルをバルセロナへ、アルベルト・モレノをリバプールへ送り出している。SBを前後に2枚並べる「ダブルSB」を多用することでも有名だ。
エメリのスタイルを一言で言えば「サイドから崩して攻めて、サイドへ追い込んで守る」。攻撃ではサイドからえぐって上がったセンタリングを中央で仕留める。守備ではボールロストがサイドになるので危険なカウンターも喰いにくい。
そのサイドの攻防で重要な役目をするのがSBである。
攻撃面ではSBのオーバーラップあるいはSBとウインガーの縦関係のコンビで崩す。守備面ではウインガーと一緒にサイドへサイドへとボールを追い込んで行く。肝心なのはSBとウインガーの役割に違いがないことで、どちらかが開けばどちらかが内に入り、どちらかが前に出ればどちらが下がる、というふうに頻繁にポジションと役割を交換して、二人掛かりでギャップを作り出し二人掛かりで分厚く守る。
SBとウインガーのタスクに差がないからこそ、ダブルSBという発想が出てくる。つまり、エメリのやり方だとサイドは激しく上下動できるSB的な選手が縦に2枚ならんでいるだけで用が足り、単独突破ができるドリブラーは必要ないわけだ。
もちろん、1対1で抜けるドリブラーが強力な武器なのは承知しているだろうが、ドリブラーが開ける守備の穴の方を心配するのが、監督としてのエメリの保守的なメンタリティである。ドリブラーにはボールロストが付き物で、突っ掛けた体勢で失うのでリカバリーが間に合わない。加えて、ドリブルは体力を消耗するから守備にエネルギーは割けない。
レアル・マドリーの最大の弱点はビニシウスの背後である。強力なドリブラーの背後には必ず守備の大穴が開く。「だから使わない」というのがエメリで、「それでも使う」というのがセティエンである。
チュクウェゼはドリブル数でビニシウス、ニコ(アスレティック・ビルバオ)に次ぐリーガ第3位。それだけ強力な武器の持ち主を、エメリは昨季、定位置の右ウイングだけではなく左ウイングやトップ下、右インサイドMFとしても起用している。
エメリは逆足ウイングのチュクウェゼとその武器である対角線侵入を信じ切れなかった。だから、あちこちに置いてみた。
セティエンは違う。チュクウェゼを逆足である[4-3-3]の右ウイングに固定し、思う存分1対1をさせている。対角線侵入が最大の効果を発揮するよう、チーム全体でフォローする仕組みを作り上げている。
かつて、グアルディオラは「攻撃の目的はメッシが1対1をできる状況をチーム全体で作ること」と言っていたが、セティエンのチュクウェゼの扱いはそれに近い。1対1ならほぼ抜けるという、唯一無二のタレントを最大限に生かそうとしている監督に、選手の方も最大限応えている。
メカニズムのカギは偽SBとCBを行き来する相棒
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。