“世界2位”アル・ヒラルの変幻自在の立ち位置を浦和は攻略できるのか。大注目のACL決勝展望
日程変更もあり、年をまたいで開催されることになった2022シーズンのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝。3度目の優勝を目指す浦和レッズの前に立ちはだかるのは、大会最多4度の優勝を誇り2月のFIFAクラブワールドカップ(FCWC)で準優勝となったサウジアラビアの強豪アル・ヒラル。アジア最強の座を懸けた大注目の一戦の戦術的ポイントをプレビューする。
世界の中で、Jリーグのレベルはどのあたりにあるのだろうか。国内組が日本代表に選ばれるケースが減ってきた現状を顧みると、Jリーグでプレーしている選手、そしてチームのレベルを国外の選手やクラブと単純比較することは難しい。コロナ禍によって欧州のチームがしばらくアジア遠征を行わなくなっていたことも、この状況に拍車をかけている。
そんな中で、ACLは貴重な世界との遭遇の機会、のはずだった。なぜ国内では勝てて、アジアではなかなか勝てないのか? 多くのチームが辛酸を嘗めてきた舞台ではある。ただ、中国のクラブチームの“崩壊”によって、東地区のレベルは落ちていると言っても過言ではないだろう。今大会の浦和レッズの決勝ラウンドを見ても、準決勝以外は苦労していないと言われても違和感を覚えることはない。
よって、実質的に韓国のチームと試合をする時くらいしか世界との遭遇を味わえない状態となっているJリーグのチームにとって、西地区とのチームとの試合は貴重である。そして、今回の浦和の相手はアル・ヒラルだ。両雄がACL決勝で顔を合わせるのは2017年、2019年に続き3度目。お馴染みのカードになっている。
今季の浦和はスタートダッシュにこそ失敗したものの、その後リーグ戦で4連勝するなど無敗で上位に進出。2020-21にはUCLの舞台の経験しているアレクサンダー・ショルツと2022-23のUELに出場したマリウス・ホイブラーテンの北欧CBコンビが屋台骨として支える最終ラインと、日本代表の常連である酒井宏樹を除けばいわゆる国内で活躍している日本人選手たちが融合したチームが、W杯に出場するような選手をそろえるアル・ヒラルを相手にしてどこまでプレーできるかは貴重な物差しとなるだろう。Jリーグを代表する浦和レッズをみんなで応援しよう!とまで言うつもりはないが、自分がサポートするJクラブが世界でどれくらい通用するのかという観点から、貴重な試合を見逃してしまうことは非常にもったいないのではないだろか。
最強の布陣ではないがそれでも強力
2月に開催されたFCWCで南米代表のフラメンゴを倒し、“ラスボス”レアル・マドリーと壮絶な殴り合いをしたことで記憶に新しいアル・ヒラルは、その後に行われたACL準決勝で7-0と大勝してこの決勝戦に乗り込んできた。
こうした情報だけを見ると、非常に強そうだと感じるだろう。ただ、FCWCでのパフォーマンスをACLでの強さと安易に結びつけることはできない。なぜなら、外国籍選手の出場枠が異なるからだ。直近の国内リーグ戦ではオディオン・イガロ、ムサ・マレガ、グスタボ・クエジャル、アンドレ・カリージョ、ミシャエウ、チャン・ヒョンスと外国籍選手が多数スタメンに名を連ねていたのだが、ACLでは外国籍の選手が3+1人(+1はアジア枠)しか出場することはできない。ちなみに、来季からは外国籍枠が拡大されることが決まっているので、来季以降のアル・ヒラルは最強メンバーで試合に臨んでくることだろう。
そうした事情から今回は最強メンバーで臨むことができないアル・ヒラルだが、しかしながら代わりに出てくるのはサウジアラビア代表の面々であり、十分に強力かつ厄介だ。最近の試合でスタメンが続いているサルマン・アル・ファラジュ、W杯でも活躍した“サウジアラビアのポグバ”ことカンノが軸となり、ベストメンバーが組めない中でもゲームを支配して勝ち上がってきた。また、ケガから復活したばかりでスタメンで試合に出てくるかは微妙だが、サレム・アル・ドーサリの戦列復帰は浦和にとっては嫌なニュースとなるだろう。
チャン・ヒョンスとサウジアラビア代表の最終ラインがビルドアップをし、サウジアラビアのファンタジスタたちがビルドアップ隊とフィニッシュ隊の間を行ったり来たりして、外国籍のタレント軍団がシンプルな質的優位を提供する。これがアル・ヒラルの基本形となっている。
では、実際に彼らがどのようなサッカーをするのかを見ていく。
鍵を握るプレッシングの“狙い”の設定
目につくのがボール保持率で、ほとんどの試合で60~70%超を記録している。ただし70%超えが珍しくないことを考えると、アル・ヒラルがボールを保持することがべらぼうにうまいというよりは、対戦相手が撤退守備を選択しているからこその数字とも言えそうだ。つまり、まともにプレッシングで正面衝突をするようなトランジション対決では分が悪いと、彼らと対戦する多くのチームが考えているに違いない。FWのイガロやマレガにスペースを与え、自分たちの守備配置が整理されていない状況で対応するのは自殺行為となるため、最初から相手にボールを持たせることを選ぶチームが多いのではないだろうか。
そうした特徴を持つ相手に対して、浦和にとって最初の選択となるのがプレッシングの開始ライン。関根貴大、小泉佳穂、大久保智明で構成される2列目トリオはプレッシングの強度、勢い、スピードを評価されている節がある。ただ、アル・ヒラルは右ウイングにマレガを配置して、“マンジュキッチ大作戦”(本来は相手のCBと空中戦で争うことになるCFの選手を、相手のSBにぶつける)で前進する術も持ち合わせている。左SBの明本考浩や荻原拓也が184cmマレガと空中戦大会をするのは、浦和にとってどう考えても分が悪い。CBのホイブラーテンを左サイドに出張させる可能性もあるが、その場合はその他の部分の調整がちょっと大変そうな雰囲気もある。
マレガをサイドで起用してきた場合、彼にロングボールを蹴らせないスピードのプレッシングを仕掛けることができれば浦和が優位に試合を進められる可能性はある。ただ、アル・ヒラルのボール保持率の高さは伊達ではない。彼らは基本的には[4-3-3]をベースとしている。中盤の3枚は三角形、逆三角形のどちらも採用しており、特徴として3枚がかなり自由に動き回るのだが、周りの動きをスルーすることはない。セントラルハーフが中央からいなくなれば、トップ下が現れる。アンカーがサリーダ・ラボルピアーナ(後方からのビルドアップにおいてMFが1人、2CBの間に下りてくること)をしてCBをオープンな形にしたら、他の中盤の選手は相手の背中に消えていくなど、ボール保持者の状況、味方の立ち位置によって、それぞれの選手がポジショニングを調整することができる。
よって、人への意識マシマシの守備をした場合、相手の変幻自在の立ち位置に苦しめられる可能性は高い。何を捨て、どこにボールを誘導するか、どのエリアを捨てるかを明確にしなければ、アル・ヒラルの思うツボだろう。特にアル・ファラジ、カンノ、サレム・アル・ドーサリは、変幻自在のマジカルスターと言ってもいいくらい流動的に動いてくる。ボールをサイドに誘導するのか、彼らを伊藤敦樹たちで狙い撃ちにするのか、浦和がどんな選択をするのかは注目ポイントだ。
ボール保持でどれだけ休めるか
また、ボールを奪うコストがどれくらいかかるかも見逃せない点だ。中東のチームは、個々人のボールを持つ能力が軒並み高い。ボールを運ぶ、ボールを守る、相手を突破する能力に優れており、ボールを奪いに行ける局面を作れても奪い切れないことが起こり得る。ボールを奪えるポイントで奪えないと、振り出しに戻り無限地獄が幕を開ける。ヴァイッド・ハリルホジッチの言い伝えでもあるデュエルが特に中盤の守備でどれくらい通用するかは、試合の鍵を握ることになるだろう。
アル・ヒラルが見せる変幻自在の立ち位置は、言い換えればボールを失うことをあまり考慮していない。なんならSBも高い位置に進出していく。よって、相手のCBコンビは広大のスペースを自分たちでカバーすることになる。ゆえに、浦和がボールを奪えてカウンターに行ける時は、チャンスに繋がりやすい状況がすでに成立していることになる。そのため繰り返しになるが、問題はボールを奪える状態を作り、奪い切れるかだろう。
もう1つ、ボール保持で休めるかどうかも浦和の注目点だ。アル・ヒラルのプレッシングは前への圧力が強く、ボール保持者へプレッシングをかけてくる傾向にある。しかし、周りの連動は少なめである。また、後方への戻りは少し遅いところがある。よって、GK西川周作を使って数的優位を確保しながら相手に捕まらないようにボールを保持することは難しくないはずだ。また、関根、大久保のドリブル力やSBとの連係も、あまり下がってこない相手のウイングたちを考えると面白いかみ合わせになるかもしれない。ただし、守るぞ!と決心した時のアル・ヒラルは非常に固い。リードを奪われる展開にはしたくないところだ。
最後に注目点をまとめていこう。
浦和の攻撃的なプレッシングと、変幻自在なアル・ヒラルの配置との折衝がどうなるか。マレガへの放り込み、質的優位大作戦を浦和レッズはどのように食い止め、その機会損失を狙うか。浦和レッズがミドルプレッシングに移行した時に、どのエリアで誰がボールを奪うか。どのエリアにボールを運ばれることを捨てるか。そして、奪える局面で奪い切ってカウンターに移行できるか。最後に、ボール保持で試合の主導権を握る時間をどれくらい作れるか。非常に楽しみだ。
AFCチャンピオンズリーグ決勝
浦和レッズ vs アル・ヒラル(サウジアラビア)
決勝 第1戦
日時:4月29日(土・祝)26時30分キックオフ(26時10分~配信開始)
会場:キング・ファハド国際スタジアム/サウジアラビア
解説:佐藤寿人
実況:野村明弘
配信:DAZNにて独占ライブ配信
決勝 第2戦
日時:5月6日(土)18時キックオフ(17時30分~配信開始)
会場:埼玉スタジアム2○○2/埼玉
解説:佐藤寿人&槙野智章
実況:野村明弘
配信:DAZNにて独占ライブ配信
Edition: Yuichiro Kubo
Photos: Getty Images
Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。