降格で収入減、大量放出の“焼け野原”から1年でプレミア復帰へ。バーンリーを蘇らせた“監督”コンパニの人心掌握術と分析力に迫る
“キック・アンド・ラッシュ”のスタイルを武器に2016-17シーズンから6年間、プレミアリーグを戦ってきたバーンリーだが、昨季は一歩及ばずチャンピオンシップ(2部)へ降格。そこで招へいされたのは、ショーン・ダイシ前監督とは真反対なスタイルを掲げるバンサン・コンパニだった。1試合未消化の第40節で史上最速でプレミアリーグ復帰を決めると、4月25日に開催された延期分の第38節で宿敵ブラックバーンを下してリーグ優勝を達成。わずか1年で“2部史上最強“との呼び声も高いチームを作り上げた若き指揮官の手腕と今後を、イングランドサッカーを幅広く追う安洋一郎氏が分析する。
収入減、14選手退団…過酷な2部からのリスタート
2021-22シーズンのプレミアリーグ終了後にチャンピオンシップ降格が決まった瞬間、多くのサポーターは絶望に打ちひしがれていただろう。バーンリーは新型コロナウイルスによる経営難の影響もあって、このシーズンは収入の9割をプレミアリーグの放映権に依存していた。その収入源がなくなることによる影響は計り知れなかった。
加えて、この降格に伴いクラブの資産価値が下がったため、2020年12月にバーンリーを買収したALKキャピタルが、クラブを買収する際に負った6500万ポンド(約107億円)の負債をすぐに返済する必要も生まれた。
これらによる“財政難”の影響でクラブは大幅な解体を余儀なくされた。主将を務めていたベン・ミーとその相方であるジェームズ・ターコウスキーの両チームリーダーは契約満了で退団し、守護神のニック・ポープ、チーム得点王のマルクス・コルネ、背番号11を着用していた生え抜きのドワイト・マクニール、同シーズンに台頭した期待の若手CBであるネイサン・コリンズを売却。2022年の夏の移籍市場だけで14人もの選手がチームを去った。
お金になる選手の換金、そして降格クラブに3シーズンに渡って支給される補助金であるパラシュート・ペイメントによる収入で、バーンリーは何とか財政破綻を免れた。
クラブの存続が決まった一方で、戦力の大幅ダウンは目に見えて明らかだった。チャンピオンシップ降格から一気にリーグ・ワン(イングランド3部相当)まで降格したサンダーランドの二の舞になるのではないのかと怯えていたサポーターもいただろう。
この絶望的な状況で監督就任のオファーを引き受けたのがバンサン・コンパニだった。
「会長やオーナー、クラブの他の人たちがどれだけオープンであったかが、私を納得させた。これからの挑戦にワクワクしているよ」
就任時会見でコンパニが発した言葉は、それまで第三者が抱いていたバーンリーに対する印象とは真逆の内容だった。
『The Athletic』の番記者であるアンドリュー・ジョーンズ氏によると、2020年12月にオーナーとなったALKキャピタルは、クラブの新たな方針として将来的に多額の報酬で売却できる25歳以下の若い選手と契約し、育成するという移籍モデルを考案していた。その適任者がアンデルレヒトで、ジェレミー・ドクやルーカス・ヌメチャら若い選手を育てるというミッションを実行していたコンパニだったのだ。
「時代遅れ」の「弱者の戦い」から“2部史上最強”へ
プレシーズンを経て迎えたハダースフィールドとの開幕戦でコンパニのバーンリーはサポーターを驚かせた。前監督であるショーン・ダイシが披露していた[4-4-2]の“キック・アンド・ラッシュ”とは対照的なGKから繋ぐフットボールを展開したのだ。
この試合コンパニのチームは前半だけで301本のパスを記録した。ダイシが率いていた2021-22シーズンでバーンリーが試合を通じて300本以上のパスを記録したのは2試合のみ。カテゴリーが違うとはいえ、たったの45分間で昨季とは違うことを証明して見せた。
前任のダイシの[4-4-2]は、強敵が相手だとしても前線に君臨するクリス・ウッドら大型FWにロングボールを送ることで、こぼれ球によるチャンスや得意のセットプレーなど、何かしらのチャンスが生まれる可能性のあった“効率的な”戦術だった。「時代遅れ」「弱者の戦い」と言われていたかもしれないが、戦力と補強費に限りのあったバーンリーが長い間プレミアリーグに残留し続けるには最適なサッカーだった。
対してコンパニが志向するサッカーはマンチェスター・シティ時代の恩師であるジョゼップ・グアルディオラから影響を受けたものである。ハイプレス・ハイラインを駆使したポゼッションサッカーだ。GKを含めた最終ラインからビルドアップを行い、ボール保持時は[4-2-3-1]、もしくは[4-3-3]の4バックが可変して[3-2-5]となる。
この可変の方法はいくつかのオプションがある。2人のCB+片方のSBの3人で3バックを形成し、もう片方のSBをWGの位置に張らせることもあれば、片方のボランチの選手が最終ラインに入ることで3バックにして、両SBを“偽サイドバック”としてボランチの位置でプレーさせることもある。選手の特性や相手によって可変の方法を変えている。
WGを両サイドのピッチに張らせることで、相手の守備陣形をワイドに広げ、そのライン間でボールを受けやすい選手を作れること、そして突破力のあるWGに対して最終ラインからスムーズにボールを供給できることなど、このシステムのメリットは様々だ。パス交換やポジションを入れ替える形でスペースを作りゴールに迫る攻撃は、見ている人々を飽きさせない。リーグ戦だけで19人のスコアラーがいるなど、多くの魅力が詰まっているフットボールと言える。……
Profile
安 洋一郎
1998年生まれ、東京都出身。高校2年生の頃から『MILKサッカーアカデミー』の佐藤祐一が運営する『株式会社Lifepicture』で、サッカーのデータ分析や記事制作に従事。大学卒業と同時に独立してフリーランスのライターとして活動する。中学生の頃よりアストン・ヴィラを応援しており、クラブ公式サポーターズクラブ『AVFC Japan』を複数名で運営。プレミアリーグからEFLまでイングランドのフットボールを幅広く追っている。