近年の欧州サッカー界においてピッチ外で目立ち始めている現象の1つに、マルチクラブ・オーナーシップ(MCO=複数クラブ保有)がある。1つのオーナーが国籍の異なる複数のクラブを保有する動きは、2010年代初頭まではごく限られた事例しか見られなかった。しかし2010年代に入って一気に進んだ「資本と市場のグローバル化」に歩調を合わせるように、複数クラブを保有し戦略的に連携させようとするオーナーが増えつつあるのが現状だ。UEFAが毎年発行しているベンチマークレポートによれば、UEFA加盟国の1部リーグでMCOに関与しているクラブは、2017年時点で26クラブ、2020年時点で56クラブに上っているという。英『ワールドサッカー』誌が行った独自の調査では、45の異なるオーナーが世界37カ国に計117クラブを保有しており、そのうち87クラブはヨーロッパにあるとされる。増加傾向にあることは明らかだ。その背景と目的を片野道郎氏に読み解いてもらおう。
※『フットボリスタ第87号』より掲載。
MCOの目的はどこにあるのか、そしてその背景には何があるのか。それを考察する上では、欧州サッカーにおけるオーナーシップそのものの変化に目を向ける必要がある。単一クラブか複数クラブかにかかわらず、クラブを保有する目的そのものが、時代とともに変化してきているという事実がすべての根底にあるからだ。
90年代以前のローカル・オーナーシップ「ソシオ型」「パトロン型」が代表例
2000年代初頭まで、欧州のプロサッカークラブを保有しているのはほとんどすべて、何らかの形でその地域や国に根ざした「ローカル」なオーナーだった。もともと都市や地域に根ざした「アソシエーション」として成立したという歴史的背景もあり、当時のオーナーシップのあり方は、クラブの会員全体がオーナーでありその代表者によって運営される「ソシオ型」とでも呼ぶべき形か、地元の資産家が社会貢献あるいは社会的地位を目的に保有する「パトロン型」か、そのどちらかだった。プロサッカークラブとは言っても、1983年から上場していたトッテナムなどごく一部の例外を除き、基本的には非営利組織だったのだ。
この時点におけるプロサッカークラブ保有のあり方は「ローカル・オーナーシップ」という言い方で括ることが可能だろう。そのうち、バイエルンを筆頭とするドイツやレアル・マドリー、バルセロナ、アスレティック・ビルバオなどスペインの一部で見られる「ソシオ型」は、「地域的/社会的オーナーシップ」、かつてのミラン(ベルルスコーニ家)、インテル(モラッティ家)などに見られる「パトロン型」は「メセナ型/家族的オーナーシップ」と分類できる。
こうしたローカルなオーナーシップのあり方が変化していくきっかけとなったのは、90年代半ば以降、衛星ペイTVの急速な普及と放映権料収入の急増に伴うプロサッカーのビジネス化だった。従来ほぼ唯一の収入源だった入場料に、放映権料、スポンサーが加わり営業の三本柱が確立されていくのと並行して、イタリア、スペインをはじめ各国でプロサッカークラブに営利企業としての法人格を認める法改正が進んだ。
MCOの草分け的存在はレビーのENICとガウッチ家
MCOの草分けとも言うべき動きが出たのもちょうどこの時期。興味深いことに、現在トッテナムのワンマンオーナーとして君臨するダニエル・レビーもそこに1枚噛んでいた。レビ―が投資家仲間のジョセフ・ルイスと90年代半ばに設立した投資会社ENICが、スラビア・プラハ、AEKアテネ、レンジャーズ、ビチェンツァ、バーゼル、そしてトッテナムを次々と買収して注目を集めたのだ。その目的は、純粋な利益追求。進展するプロサッカーのビジネス化にいち早く目をつけ、買収したクラブに投資して企業価値を高め売却して利益を得るという、PE(プライベート・エクイティ)ファンドによる企業売買の手法をいち早く取り入れていた。……
TAG
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。