ヨーロッパの戦術論壇で今、一人のブラジル人監督が話題を集めているという。1年前からリオデジャネイロの名門フルミネンセで2度目の指揮を執ると、「近年で最も攻撃的で、最も魅力的なプレースタイル」と国内でも称賛を浴び、カタールW杯後いまだ決まらないセレソン新監督の有力候補にも推される、フェルナンド・ジニス(Fernando Diniz)だ。2009年から母国で指導者キャリアを積んできた49歳の知られざるプロフィール、その破壊的で美しいサッカーが生まれた背景を紹介しよう。
ペップとの共通点は「ボールを握る」という一点しかない
「ボールポゼッションを重視することから、私が目指すプレースタイルを(ポジショナルプレーを標榜する)ペップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ監督)になぞらえる人が少なくない。しかし、彼らはまったく誤解している。私とグアルディオラが目指すフットボールの共通点は、『ボールを握る』という一点しかない。
彼は、選手たちにしかるべきポジションを守ってプレーすることを望む。一方、私は選手たちがポジションにこだわることなく、できるだけ近い位置にいて、頻繁にポジションを入れ替えながら自由にプレーすることを求める。それは、ポジショナルプレーと対極にあるスタイル、いわば反ポジショナルプレーとでも呼べるものだろう」
「私が最も強い影響を受けているのは、テレ・サンタナが率いた1982年のセレソンや、1992〜93年のサンパウロといった過去のブラジルのチーム。近年の欧州ビッグクラブではない」
フェルナンド・ジニス。この知的な風貌を持つ49歳の戦術は、欧州では「リレーショニズム」と名づけられた。しかし、彼の母国ブラジルにはそのような表現はない。「ジョーゴ・フンシオナル」(ファンクショナルプレー)、あるいは端的に「ジニジスモ」(彼の苗字をもじった新語で「ジニス主義」の意味)と呼ばれる。
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Profile
沢田 啓明
1986年ワールドカップ・メキシコ大会を現地でフル観戦し、人生観が変わる。ブラジルのフットボールに魅せられて1986年末にサンパウロへ渡り、以来、ブラジルと南米のフットボールを見続けている。著書に『マラカナンの悲劇』(新潮社)、『情熱のブラジルサッカー』(平凡社新書)など。