※『フットボリスタ第89号』より掲載。
『フットボリスタ』でテクニカルスタッフ特集をしたのは2009年8月、まだ週刊誌だった頃だ。『フットボリスタ第89号』で12年半ぶりにスペインと欧州主要クラブの体制をチェックしてみて、大きく変わったことがある。その変化の方から取り上げたい。
「アナリスト」と「リハビリコーチ」
それは「アナリスト」の登場である。今、当然のようにアナリストはテクニカルスタッフの一員として認識されているが、以前はそうではなかった。名前も「スカウト」と呼ばれていた。スカウトとは将来性豊かな若手を発掘する人で、対戦相手の分析をするアナリストとは異なる。
が、10年ほど前まではおそらく“どちらも試合をたくさん見る点では同じ”という乱暴な理屈で、兼任するのが当たり前だった。選手の特徴を見抜くのとチームの特徴を見抜くのはまったく別な作業で、どっちかを見ていればどっちかが見えない。ちゃんとやろうとすれば同時に行うことは不可能なのは言うまでもないのだが、当時はそれで許されていたのだ。
組織の命令系統の上から言っても、若手発掘の方は補強担当、つまりスポーツディレクション部門に属するから、トップはスポーツディレクター(SD)ということになる。
一方、対戦相手分析の方は、試合の采配に直結するのであるから最高責任者は監督。アナリシス(分析)とはレポート(報告)ではない。どんな選手たちがどんな戦術でプレーしているのかを知るだけでは不十分で、そんな相手をどう打ち負かすかをプランニングしグラウンド上でリハーサルしなければならず、それが監督の管轄でなければ何がそうなのか、ということだ。
スポーツディレクション部門はオフィスにありSDは背広を着ている。対して、監督をはじめとするテクニカルスタッフはジャージ姿でグラウンドやロッカールームという「現場」にいる。物理的な距離とかユニフォームに象徴される帰属意識(=精神的な距離)というのはけっこう大事で、コミュニケーションと仕事の質と量を決定する。スカウトの片手間で分析を行い、オフィスと芝生の間を上ったり下りたりしていたスカウト兼アナリストたちはジャージ姿だったのか?背広姿だったのか?先駆者たちの苦労が偲ばれる。
今はもう、対戦相手の分析抜きには練習メニューすら決められない。次の試合に勝つのが最大の目的なのは今も昔も同じだが、たぶん自分たちだけを見てスキルを追求していけば勝てる、という考え方が主流だったのだろう。
こうしてスカウトがアナリストとして分離独立し監督の管轄下に入り、テクニカルスタッフの一員となった。ポストの重要性が増すにつれて、クラブ任せではなく自前のアナリストを抱える監督も増えている。勝利の可能性を最大化しようと思ったら、長年一緒に働いて力量も気心も知れている者に任せようとするのは当然である。
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。