『戦術リストランテⅦ』発売記念!西部謙司のTACTICAL LIBRARY特別掲載#5
好評発売中の『戦術リストランテⅦ 「デジタル化」したサッカーの未来』は、ポジショナルプレーが象徴する「サッカーのデジタル化」をテーマにした、西部謙司による『footballista』の人気連載書籍化シリーズ第七弾だ。その発売を記念して、書籍に収録できなかった戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端をぜひ味わってほしい。
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トーマス・トゥヘルは現在最も評価の高い監督の1人だ。20-21シーズンはチェルシーをCL優勝、その前年はパリSGをクラブ史上最高位のCL準優勝に導いている。ジョセップ・グアルディオラ、ユルゲン・クロップと並ぶ名将と言っていいだろう。
名将トゥヘルの「色」とは何なのか?
ところが、トゥヘル監督のチームがどうだったかというと、正直それほど強い印象が残っていない。地味と言うほどではないが、ペップやクロップが率いたチームに押されている刻印がトゥヘルのチームには押されていないように感じられるのだ。いわゆる「シュツットガルト学校」の一員だが、ドイツ流の高強度に邁進する様子は見られない。ドルトムントでクロップの後を受けた時も、むしろペップに近いプレースタイルに変わった印象だった。
パリSGを率いた2年半ではリーグ1連覇、CL決勝進出、勝率75.6%は文句なしの歴代トップだった。偉業と言っていいわけだが、これで解任されてしまっている。そうなったのはトゥヘルのせいというより、カタール資本で内部評価が一般と乖離しているパリSG特有の事情ではある。だが、ファンもそれほど残念がるわけでもなかったのは、ネイマールやムバッペがいるのだから勝って当然と思われていたのだろう。それだけトゥヘルの色は認識されていなかったということだ。
チェルシーではフランク・ランパード監督が率いて10位だった状態で引き継ぎ、プレミアリーグ4位まで浮上させた。そしてCL優勝。コロナ禍ということもあり、ほとんど練習時間もない中で短期間にチームを一変させた手腕はほとんどマジックである。
それなのに、やはり強烈な印象はない。もちろん、トゥヘル監督下のチェルシーは素晴らしいプレーをしていたのだが、その偉業に釣り合う個性が足りない感じなのだ。
おそらく、この強く印象に残らないということこそ、トゥヘル監督最大の特徴なのではないかと思う。……
Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。