※『フットボリスタ第84号』より掲載。
4バックが主流となり一時期下火だった3バックが、再び復活してきている。
実際『フットボリスタ第84号』で取り上げられたように、少なくないチームが3バックを基本戦術として採用するようになっている。この流行をもってほとんどのチームが今後3バックばかり採用するようになるというのは起こり得ないだろうが、「3バックが流行っている」という現状とその原因を分析することは、現在のサッカー界のトップレベルにおけるゲーム環境を理解したり、あるいは今後の動向をいち早く予測したりすることに繋がると言える。
まず前提として、3バックと4バックにおいて明確にどちらのフォーメーションの方が戦略的価値が高いとか、コストが低いということはない。明確に優劣があるなら、戦略的価値の低いフォーメーションは淘汰され、とっくにほとんどのチームが同じフォーメーションを採用するようになっているはずだ。実際、サッカー黎明期に主流だった2バックシステムを、試合を通した基本フォーメーションとして使うチームは、リスクへの検討やゲーム環境の変化によって完全に淘汰されている。だがゲーム理解が進んできた現在でも、3バックと4バックはどちらが明確に優れているという結論は出ていないし、両者の採用される割合は、変動はあれども均衡状態が続いていくだろう。
ある戦術が採用されるというのは、(明確に数値化できるものではないにしろ)その戦略の戦略的価値が他の戦略のそれを上回っているということだ。また、戦略的価値とは、単純に考えればその戦略のメリットとデメリットの差分によっておよそ測ることができる。すなわち、マクロに見れば均衡しているとはいえ、現在3バックが比較的よく採用されているとすれば、現在のゲーム環境において「3バックのメリット/4バックのデメリット」が反映されている一方で、「3バックのデメリット/4バックのメリット」が反映されにくい環境だと言えるかもしれない。
3バック採用によるメリットに関しては、本誌で5つの理由を挙げて詳しく解説されていた。この5つの理由は3バックのメリットと言えるものだが、実際の意思決定ではポジティブな理由だけでなく、「ネガティブ」な理由による消極的な意思決定も多いはずだ。以下、現在のゲーム環境と3バック増加の関係について考えていきたい。
5大リーグの優勝候補はほとんど採用していない
現在のゲーム環境をあらためて見てみると、まず興味深いのは5大リーグの優勝候補はほとんど3 バックを採用していないことだろう。ラ・リーガのバルセロナ、レアル・マドリー、プレミアリーグのマンチェスター・シティ、リバプール、アーセナル、ブンデスリーガのバイエルン、セリエA のミラン、ナポリ、ラツィオ、これらのクラブは多くの試合を4 バックで戦う。例外としてはリーグ1のパリSG とプレミアリーグのチェルシー、セリエAのミラン、インテル、ユベントスくらいで、バイエルンも時に3バックを併用するが、ナーゲルスマンのキャリアの中では4バックの使用頻度が格段に増えた。“ 3 バックが流行っている”という論調は、この層を見る限りではあまり当てはまっているとは言えない。
一方で、代表チームはUEFA ネーションズリーグではイングランド代表やフランス代表、W杯本大会でもオランダ代表やベルギー代表といったW杯優勝候補レベルのチームでも3バックが多く採用されている傾向が見て取れる。特に、伝統的に[4-4-2]を基調としていたイングランド代表や、[4-3-3]を基調としていたオランダ代表といった面々が近年3バックを採用し続けているのは面白い。
このゲーム環境は、現在の3バックの流行に関していくつか興味深い示唆を与える。まず、世界のサッカーの中心である5大リーグのトップ層がほとんど3バックを使っていないことから、「阻害要因がない場合、4バックの戦略的価値は3バックの戦略的価値をやや上回る」ということが読み取れる。すなわち、多くのチームが欲を言えば4バックで戦いたいと思っている、ということになるだろうか。
アスリート化がもたらしたウイングバックの増加
……
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd