『戦術リストランテⅦ「デジタル化」したサッカーの未来』の刊行を記念して2月17日にブックファースト新宿店でトークイベントが開催された。テーマは「カタールW杯とサッカーのデジタル化」。W杯を現地取材した河治良幸氏をゲストに迎え、本書著者の西部謙司氏と約2時間にわたって語り尽くした。
後編では、カタールW杯での反省を踏まえた第二次森保ジャパンの2026年W杯までのチーム作りの方向性について議論してみた。
司会:浅野賀一(footballista編集長)
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“ジャパン・タイム”を延ばすために必要なもの
――2つ目のテーマは第二次森保ジャパン展望です。前編の話も踏まえて、今後の日本代表の行方を占っていただければ幸いです。
西部「日本代表はこれからより攻撃的なチームに変化しようとしていると思います。でも、ボールを保持してポゼッション率を上げて攻撃的なチームになったとして、その先で壁に直面するのはカタールW杯でのスペインを見たら一目瞭然です。スペインはポゼッションを高めるためにボールロストを回避しようとし過ぎて、攻撃で怖いチームになれませんでした。横パスとバックパスの繰り返し、サイドチェンジしたとしても何も変化が起きない。スペインはデジタル化したサッカーにとらわれ過ぎてしまったと言えるかもしれません。ドイツも同じです。“天才”と呼ばれるジャマル・ムシアラがいましたけど、彼の発想を生かせずにデジタルなチームに埋没させてしまった。デジタルの中にイレギュラーを組み込んでいかないと、W杯で勝ち上がることは難しい。日本代表もそこは同じだと思います」
――河治さんは現場で取材していましたが、日本の選手たちの大会後の温度感はどんな感じだったのでしょう?
河治「彼らが言っていたのは、ただボールを持てるようにしようではなく、“ジャパン・タイム”を長くしたいというのがあります。スペイン戦での“ジャパン・タイム”はおそらく6分から7分間でしたけど、あの時間を15分に延ばすことができれば、勝率は自然と上がっていきますよね」
――そのためには、日本代表のデジタル化の精度をどう見るかという問題もあります。ビルドアップのクオリティだけで試合に勝てるわけではないですが、その質が低ければ90分間を通して不利になることもまた確かです。
西部「僕はそこまでビルドアップの質は悪くなかったと思いますよ。変な失い方をしてピンチに陥ることはなかったですし、無理なら前線に蹴って危機を脱していました。5バックにしてからは、そもそもチームの重心が低すぎてビルドアップすること自体が難しかった。自陣の低い位置から前進する方法は、三笘が推進力のあるドリブルでボールを運ぶくらいだったんじゃないでしょうか」
――なので、全体をもう少し押し返すことも必要ではないでしょうか。勝ったとしても、スペイン戦のようにボール支配率が10%台になってしまうのは厳しいかなと。
河治「考え方の違いですよね。日本はセカンドボールの回収を前提に前線へボールを蹴り出してDFラインを押し上げているので、前線で拾うことができれば、そこから細かいパスワークを披露することはできていました。ボール保持を基本としていたスペインは横パスやバックパスが多かったですけど、逆に日本はチャレンジ要素の強いアタッキングパスを多く記録しています。そういったマインドがあるので、確かな技術や整理された戦術がついてくれば、日本代表はこれから伸びるチームになると思います」
――パラグアイ、ブラジル、ガーナ、チュニジアと対戦した6月シリーズは積極的に後ろからつなごうとしていましたよね。ブラジル戦はビルドアップのミスからPKを献上してしまいましたが、ブラジル戦のボール支配率はほぼ五分五分(日本47% : ブラジル53%)でした。日本の選手たちの特長を考えても、ドン引きカウンター一辺倒は違う気がします。
西部「そう思いますよ。日本代表はカタールW杯でポゼッションすることを放棄していましたが、そうなると選手からもっとボールを保持すべきという意見は当然出ますよね」
――選手たちも0か100かでは言っていないと思うんです。守る時間もあれば、攻める時間もある。どっちもできるようにする必要があって、45~55%くらいはボール保持できるくらいデジタル化しながら、現在のインテンシティの高さを出していく。引いた相手に対しても、もう少し手を持っておく。最後のところは前線の個の力かもしれませんが、そのくらいが着地点なのかなと。
河治「今の日本代表が面白いのは、一歩進んだら一歩下がるじゃないけど、ビルドアップはある程度できます。けど、その先の中盤からのボールの進め方はアナログというか三笘と伊東純也の個に依存しています」
西部「森保監督のチームはすごくわかりやすくて、攻撃は三笘に頼り切っている。逆にタレントがいないなら、別の案を考えるのかもしれません。クロアチアに研究されたように、かなりわかりやすいとも言えます。日本代表がもう一段階上がるためには、相手にやり方を悟らせないことも大事です」
Jリーグで育ちつつある「NEXT三笘」の発掘
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Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。