『森保JAPAN戦術レポート』発売記念企画#6
2月9日発売の『森保JAPAN戦術レポート 大国撃破へのシナリオとベスト8の壁に挑んだ記録』は、大ヒット作『アナリシス・アイ』の著者・らいかーると氏がアジア最終予選からカタールW杯本大会までの日本代表全試合を徹底分析しながら、森保ジャパン進化の軌跡と日本サッカーの現在地をたどっていく一冊だ。その刊行を記念して『フットボリスタ第95号』に掲載されたコラムを特別公開!
4年に1度、各大陸予選を勝ち抜いた各国代表チームが世界一の座を争うW杯は、多種多様なサッカーがぶつかり合う中で最新の戦術トレンドが浮かび上がる見本市でもある。その2022年カタール大会の傾向と結果を育成年代の監督やコーチはどう捉えるべきか。現役指導者の『森保JAPAN戦術レポート』著者と考えてみよう。
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W杯が世界に影響を及ぼす時代の終焉
カタールW杯での日本代表のチャレンジはベスト16で終わりました。大会前に掲げていた8強進出を達成できなかったものの、グループステージでドイツ、スペインという強豪国を撃破したことで日本は「ミッション成功」という雰囲気に包まれています。おそらく関係者も含め、いわゆる“死の組”を首位で通過できると予想していた人は少なかったのではないでしょうか。その反動でミッション失敗という印象が払拭されているのでしょう。
この通り、結果は本来の目標を覆い隠すほどの魅力を持っています。一方でW杯のようなトーナメント戦において、結果が絶対であることは言うまでもありません。実際にカタールW 杯も優勝したアルゼンチン、そしてリオネル・メッシの大会として記憶されることでしょう。そこに異論も反論もありませんが、そのサッカーやゲームモデルが世界中に広まっていくとは考えにくいのも事実です。
確かに以前まではW 杯に加えてEUROやコパ・アメリカなどの国別大陸王者決定戦、そしてCLのような一大コンペティションの結果が世界中へ影響を与えていました。スペイン代表のEURO2008制覇を機に迎えたポゼッションサッカーの全盛期こそ、まさにその一例です。同時にそのチームの土台は、ペップ・グアルディオラの下で黄金期を迎えたバルセロナでした。彼の引き起こした戦術パラダイムシフトが、スペイン代表への憧れを強くしたことも事実でしょう。クラブと代表チームが密接に繋がり始めているのも、近年の傾向と言えるかもしれません。
さらに今は、かつてチャリティマッチで組まれていたような世界選抜がクラブレベルで実現される時代。代表レベルとクラブレベルでチームがそろえられる選手の差は広がるばかりです。そのおかげでむしろ代表チームの編成は、クラブレベルで実践されているゲームモデルの取捨選択次第と言っても過言ではありません。代表レベルは短時間でどれだけの完成度まで持っていけるかの勝負であるがゆえに、ますます選手が身につけている基礎教養、共通理解の重要性が叫ばれています。それらを踏まえると、W杯の結果が世界中のサッカーに影響を及ぼす時代の終焉を認識するところが最初の一歩となるでしょう。
「指導者は選手の未来に触れている」の真意
では、育成年代の指導者はW杯をどのように捉えるべきなのでしょうか。そもそもプロの世界で起きていることを把握しなければならない理由はどこにあるのでしょうか。
「指導者は選手の未来に触れている」
かつてUEFAのテクニカルディレクターを務めたアンディ・ロクスブルグの名言です。日本の講習会でもお題目のように唱えられています。指導者の用意した環境のままに選手は育っていくからです。カテゴリーが上がれば必要とされる能力も自ずと変わっていきます。サッカーの変化や進化とともに新たな要素が求められるかもしれません。だからといって「未来のことは誰にもわからない」と諦めの言葉を投げかけるのではなく、その先を見据えながら選手が将来必要とされる能力を獲得できる環境を形成することこそ、我われ指導者の大切な仕事と言えるでしょう。
未来への予測で必要になるのは「トレンドとスタンダード」を見極めることです。アリーゴ・サッキ監督によって世界中に伝播したゾーンディフェンスが、当時のトレンドから現代のスタンダードに変化していったように、時の経過とともに知っておかねばならないことは増えていきます。一方でその30年前から変わらない原理原則もあります。例えば1対1の対応の仕方は当時と大きく変わっていないでしょう。また相手を引きつけてパスを出すような個人戦術が、今後不要となる気配も今のところはまったくありません。……
Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。