SPECIAL

W杯後の公式戦22戦18発。マーカス・ラッシュフォード「覚醒」の要因を分析する

2023.03.12

2月にEFLカップを制しFAカップ、ELと合わせたカップトレブルの可能性を残すとともに、2季ぶりとなるCL出場権獲得も視界に捉えているマンチェスター・ユナイテッド。その牽引役となっているのが、W杯明けから驚異的なペースで得点を重ねているマーカス・ラッシュフォードだ。2021-22は公式戦5ゴールにとどまり期待を大きく裏切っていた25歳のアタッカーがここまでゴールを量産できるようになった理由とは何なのか。東大ア式蹴球部テクニカルユニットの高口英成氏が、チームのスタイルを踏まえた上で彼のパフォーマンスを分析する。

 「覚醒」「復活」――今季の彼のパフォーマンスをこう評するメディアは多い。実際、W杯明けの公式戦22試合で実に18得点、ホームゲームでは9試合連続ゴールの偉業を達成し、デニス・バイオレットに並んでクラブ第1位の記録となった。現在、リーグ戦で3位と好位置につけるユナイテッドの勝ち点を生み出している1人として、彼の功績は大きいだろう。

 「覚醒」と呼ぶべきそのハイパフォーマンスの要因として、エリック・テン・ハフのもたらしたサッカー、与えた戦術的タスクが大きなウェイトを占めているのは間違いない。そこでマーカス・ラッシュフォードのミクロな個人戦術にフォーカスを当てる前に、テン・ハフがユナイテッドの落とし込んでいるサッカーについて少し触れてみたい。

自らの陣形を“あえて崩す”テン・ハフスタイル

 彼のサッカーをひと言で表すとすれば、「こちらの陣形を崩して、相手の陣形をもっと崩す」といったものである。ボール保持を基調としていながら、ミケル・アルテタの率いるアーセナルやペップ・グアルディオラの率いるマンチェスター・シティとは根本的に異なる考え方をベースとしている。

 アヤックス時代のオーバーロード&アイソレーションも、「こちらの陣形を崩して、相手の陣形をもっと崩す」という思想から導き出される戦術である。アーセナルやシティが相手は少ししか動かせないものの、こちらの陣形はほとんど崩れないという意味でローリスクローリターンを積み重ねていくアプローチだとすれば、ユナイテッドはカウンターを被弾した際のリスクは増大するものの、それによって得られる得点の可能性は高いという、ハイリスクハイリターンとでも呼ぶべきアプローチになっている。

 近年ポジショナルプレー対策としてプレッシングを導入するチームが増え、その立場を大きく向上させているマンツーマン志向の守備戦術だが、それでも守備の核としてゾーンディフェンスを採用しているチームは多い。だがゾーンディフェンスの原則が、ボールの位置、味方の位置、相手の位置によって守備者のポジショニングを決めることである以上、より細かいスケールで考えればマンツーマンの要素を少なからず持っていることになる。「ボールを保持している味方に超近接のサポートをすれば、相手の守備ポジションを狂わせることができる」というのがテン・ハフの根底にある思想だろう。もし守備者がおびき出されなければ、局所数的優位を使ってパスワークで崩していくことができる。

 こうして相手の守備ポジションを1人狂わせれば、その選手が守ろうとしていたスペースに別の味方が顔を出し、別の守備選手を釣り出す……といった具合に、相手の守備ポジションを意のままに操ることができる。結果として大きく偏ったボールサイドから逆サイドへと展開すればオーバーロード&アイソレーションであるし、手前に吊り出して裏へ蹴ればいわゆる擬似カウンターのような前進になる。実際、巧みなワンタッチでのプレス回避からロングボールで一気にひっくり返してゴールへと迫るシーンは、テン・ハフ就任以降のユナイテッドで非常に多く見られる。

 この「寄ることで相手守備者にポジションを離れるか離れないかの2択を迫る」という戦術アクションの結果として、ユナイテッドの面々は誰一人としてドリブルを前進の解決手段として持っていないように見える。あえて引きつけてリリースをしなくとも、有効な選択肢が近くにサポートしに来てくれるからである。それよりも狭い中でも失わずにパスをやりとりする技術、ワンタッチで正確にボールを返す技術の方がこのサッカーには大事であり、ある意味では求められる技術的負荷が非常に高いと言える。逆に言えばドリブルで相手を引きつけてくれる選手がいないからこそ、ボールを受けるためには寄った上でパススピードで解決するしかないというふうにも考えることができる。

 余談にはなるが、バルセロナのティキタカ、ペップのサッカーというものの本質がパスではなくドリブルにあることは、この事実を見ても明らかであろう。ドリブルではなくパスを重視した結果、オープンな試合展開となってトランジションでボールを回収できず、相手を押し込み続けられないといったペップとは程遠いサッカーとなってしまうのは皮肉な話である。

 だがこれはサッカーの流派の違いであり、どちらが正しいということもない。実際、カウンターの威力がリーグ随一であるユナイテッドのスカッドを鑑みれば、多少オープンになることを許容してゴールの期待値を上げるこのアプローチは非常に適していると言えるだろう。

ラッシュフォードを笑顔で迎えるテン・ハフ監督

託された2つの役割

……

残り:2,542文字/全文:4,717文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

エリック・テン・ハフマーカス・ラッシュフォードマンチェスター・ユナイテッド

Profile

高口 英成

2002年生まれ。東京大学工学部所属。東京大学ア式蹴球部で2年テクニカルスタッフとして活動したのち、エリース東京のFCのテクニカルコーチに就任。ア式4年目はヘッドコーチも兼任していた。

関連記事

RANKING

関連記事