リバプール「7-0」マンチェスター・ユナイテッド。ピッチ上に意図的なカオスを生み出し、カオスをコントロールしながら優位性を獲得、そして相手をパニックに陥れる。3月5日のプレミアリーグ第26節、常勝軍団として国内外を席巻した昨季までの姿を思い起こさせるクロップのチームと、その“新章”幕開けの予感にアンフィールドは狂喜乱舞した。
ユルゲン・クロップ解任の声もささやかれ始めた苦難の1月を乗り越え、プレミアリーグでは直近4戦3勝1分。CLラウンド16レアル・マドリー戦の第1レグはホームで大敗(2-5)を喫したものの、リバプールは上向きのチーム状態でノースウェストダービーを迎えた。
一方のアウェイチームは、1週間前にウェンブリー・スタジアムでリーグカップ決勝を制し、6年ぶりにタイトルを獲得したばかり。ELでは難敵バルセロナを撃破し、プレミアリーグでも好調を維持するユナイテッドとの一戦を前に下馬評は決して良いものではなかった。
しかし結果は驚愕のゴールラッシュで圧勝。不調にあえいできた鬱憤を晴らすかのごとく、リバプールはアンフィールドの舞台で宿敵を一蹴した。これまでのユナイテッド戦における最大得点差は1895年の7-1勝利であったが、この日のスコアはその記録を128年ぶりに更新する歴史的大勝となった。
既存戦力、若手、新戦力が見事に融合し、宿敵を完膚なきまでに叩きのめした要塞アンフィールドの一夜は、新たな船出を祝うかのような華々しい雰囲気に包まれた。
従来と異なるビルドアップ時の配置
必勝の一戦でクロップは中盤の底にファビーニョを置き、エリオットとヘンダーソンをインサイドハーフに配す[4-3-3]の布陣を選択。今季この中盤3枚が同時に先発した試合は4戦全勝、21得点2失点と相性の良い組み合わせである。一方でチアゴ・アルカンタラの負傷離脱でチームが苦しい時期に頭角を現し、後方からのビルドアップに大きく貢献していた18歳のバイチェティッチをベンチに置く指揮官の選択は驚きをもって受け止められた。
対するユナイテッドは[4-2-3-1]で、ニューカッスルを下したリーグカップ決勝と同様のスタメンを選択。ボランチのフレッジとカゼミロの立ち位置を普段と逆にしたことを除けば、エリック・テン・ハフ監督は戦前の予想通りの布陣で挑んできた。
試合は立ち上がりからエネルギーに満ちあふれた高いインテンシティのトランジション合戦に。この日のリバプールは最近のベーシックな[4-3-3]とは異なり、ビルドアップ時にガクポが最前線から1列ラインを下げ、左右ウイングのヌニェスとサラーがよりゴールに近い立ち位置を取っていた。この新たな配置を採用する上で重要なタスクを与えられたのがエリオットとロバートソン、そしてガクポの3選手だ。
サラーとヌニェスが内側にポジションを取る代わりに、右サイドはエリオットが中央のゾーンに顔を出しながら大外からのチャンスメイクを担当、左サイドは左SBロバートソンが1人で大外のレーンを受け持った。リバプールはカゼミロ周辺にエリオットとガクポが顔を出すことで、前進の糸口を見つけようと試みる。ガクポは中央で自由に上下動を行いながら従来のフィルミーノが担ってきた偽9番に近い役割を与えられる一方、エリオットは右サイドのバランサー兼中盤と前線のリンクマンという役割を求められた。ビルドアップ時のシステムは[4-2-2-2]に近いものであった。
前線からのハイプレスで相手のビルドアップの穴を突きたいユナイテッドに対して、この日のリバプールはスムーズにボールを前進させることに成功していた。ビルドアップの配置が改善する予兆は前節のウォルバーハンプトン戦(2-0)でも見られた。新たな戦術の鍵を握るのが右インサイドハーフに入るエリオットだ。これまでは右の大外に立つサラーの周りを旋回しつつ、内側のレーンでプレーする右SBアレクサンダー・アーノルドとのコンビネーションでサイドからのアタックに厚みをもたらす役割を担っていたエリオットだが、高精度のロングキックが武器のアーノルドと近い距離でプレーしながら同じ左利きのサラーと形成する右サイドの攻撃は、お世辞にも効果的とは言えない完成度であった。
しかしこの日のエリオットは違った。ナローな立ち位置から大外でも基準点となるサラーを常に認知し、サラーが内側に入れば大外で幅を取ってカゼミロを中央のゾーンから引き離す。そしてサラーが大外に立てばガクポとともにカゼミロ周辺のスペースに顔を出し、数的優位を生み出して活用する2種類の役割を果たしていた。この難しいタスクをこなせたのは高い戦術理解力を備えるエリオットだからこそと言える。
非の打ちどころがない美しい先制点
前半43分、リバプールが先制に成功する。……
Profile
ゆーり
千葉県出身。都内の大学に通う現役大学生。幼少期の欧州選手権でフェルナンド・トーレスに魅了されたのがキッカケでリバプールを追いかけるように。アカデミー部門にも強い関心を持つ。NBAやF1など多趣味。LFCラボにも執筆中。