人気解説者として高い評価を得ながら、大学サッカーや社会人リーグで指導者としての経験を重ねていた戸田和幸が、満を持してJリーグの舞台に挑む――SC相模原対ガイナーレ鳥取のJ3開幕戦はサッカーファンの間で注目度の高い一戦だった。SHIBUYA CITY FC時代から戸田監督の動向を追っていた舩木渉記者がレポートする。
スタジアムへ向かうバスに乗り換えるため相模大野駅の改札を抜けると、「新章開幕」と書かれた巨大なビジュアルが目に飛び込んできた。
駅ビルの正面入り口という“一等地”で試合の告知をしていたのは地元のJ3クラブ、SC相模原だった。「新章」の顔となるのは、今季から就任した戸田和幸監督。解説者として高い評価を得ていた元日本代表が、初めてJクラブの指揮を執る。
大きな期待を背負った開幕戦。「堅い」というより「固い」
3月4日に迎えたJ3開幕戦は、戸田監督の初陣として注目を集めた。
「クラブが新しいフェーズに入って、チームとしても新しい船出。僕もプロカテゴリの監督は初めてで、本当の意味で最初の試合。選手たちには、勝つことを目指すのは大前提で、クラブとして目指す方向性に対するメンタリティをしっかり見せた上で勝利を目指すことを伝えてピッチに入りました」
相模原はスタメン11人のうち4人がJリーグ初出場、平均年齢23.55歳という若いチームでガイナーレ鳥取に挑んだ。だが、試合が始まってもなかなか勢いが出てこない。経験豊富な選手が揃う鳥取にうまくボールを持たれ、[5-4-1]の並びで自陣に押し込まれる時間が続いた。
もちろん狙った展開ではない。
「試合前の円陣はこれまでで最高の雰囲気だった」が、「入りのところで緊張感があったのは事実」と戸田監督も認める。アグレッシブにゴールへ向かっていくプレーは鳴りを潜め、ボールを前進させることもままならない選手たちのパフォーマンスは「堅い」というより「固い」という印象が強かった。
そして、戸田監督によればシステムも「[5-4-1]にするつもりは元々なかったし、[5-4-1]とも言っていない」という。
「システムで選んでいるというよりは、(選手の)状態と相手を見て決めたのが実際のところで。自分の中では4バックでもなければ3バック(5バック)でもないという感じでしたし、(相手の攻撃を)受けたように見えたのは、ちょっと出られなかったんですかね。試合の始め方と、相手に対しての向かっていき方はトレーニングをしていました。例えば『前半の5分は敵陣から始めるよ』ということもある程度共有して入りましたけど、相手も先にボールを持ってきた時に、最初はうまく挽回するところまでいかなかった」
開幕直前にDFラインの軸を担うはずだった國廣周平が負傷離脱するアクシデントもあった。プレシーズンの練習試合をすべて非公開で行っており、選手たちが観客の前でプレーするのは初めて。4バックで戦うと予想されていた陣形も、多少の変化を余儀なくされたようだ。
鳥取に主導権を握られた相模原は、CBに入った栗原イブラヒムジュニアが不用意なファウルでFKを与えると、それを普光院誠に直接決められて7分に先制されてしまう。
さらに36分、相手のスローインの処理で起きたミスを突かれて重松健太郎に追加点を許す。徐々に試合のテンポをつかみつつあり、ボール非保持時のプレスやボール保持時のビルドアップに変化が見られていた時間帯の2失点目には観客の落胆も大きいように見えていた。
ホワイトボードに書いた“消せない”メッセージ
ところが、相模原はハーフタイム明けから見違えるように息を吹き返す。
戸田監督は「前半のうちから少しずつゴールに迫れる場面はできたかなと思ったので、ハーフタイムに立ち方と(パスの)出し方をちょっとだけ修正させてもらって、その上で『チャレンジするところだけは変わらずに試合に入ろう』という話をした」と明かす。
指揮官の「ちょっと手直しして、しっかりプレーできれば絶対に試合を取り戻すことができる」という求めに「選手が応えてくれたと僕は感じた」という手応えがあった。実際に試合は大きく動き、一時は同点に追いついた。……
Profile
舩木 渉
1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。