ロアッソ熊本は大量放出でも慌てない。「成長する場」を目指す強化戦略の現在地【織田GMインタビュー前編】
J3王者としてJ2に臨んだ2022シーズン、クラブ史上最高成績の4位に入ったロアッソ熊本。J1参入プレーオフでは決定戦進出と悲願の昇格まであと一歩に迫った反面、オフには河原創(→サガン鳥栖)、杉山直宏(→ガンバ大阪)、高橋利樹(→浦和レッズ)ら中心選手がJ1クラブに引き抜かれるなど、14選手が退団する大打撃を受けている。
しかし「ここまでは目論見通り」と悲壮感を漂わせないのは、かつてサンフレッチェ広島で強化部長や社長として手腕を発揮していた織田秀和ゼネラルマネージャー(GM)だ。新たに12選手を迎えた2023シーズンの編成を含め、トップチームからアカデミーまで「成長する場」を目指すクラブ戦略を強化部トップに聞いた。
昨夏には動き始めていた「次のサイクル」へ
——まず率直にシーズンオフの移籍市場についてどう捉えていますか。昨季の主力選手にも大きな動きがありましたが。
「一緒に戦ってきた仲間が抜けるというのは残念ではありますが、ほとんどの選手がJ1クラブからのオファーを受けて、J1に移籍して行ったということは、本人たちがしっかり努力して成長してくれたということですよね。そして何より『やっぱりロアッソは選手を育てるのが上手だね』と思っていただけたのではないかなと、そういう思いで自分を慰めています(笑)」
——まずは少し難しかった側面からお聞きしたいです。J1参入プレーオフで敗れたチームは編成が大変だという話をよく聞きますが、そのあたりの印象はいかがですか。
「正直なところ、チームの成績が良くなってくるということは、選手のパフォーマンスが良くなっているということですから、何人かの選手に声がかかってくるというのは想像できていたことです。じゃあ、それに対してどういう選手を獲ってくるか。それはもう移籍だけではなく、新卒も含めてですよね。そのプランは持っていたつもりなので、慌てふためくとかバタバタするということはなかったです。準備はしていたつもりですから。もちろん一番いいのは主力選手がみんな残ってくれることですけどね(笑)」
——どのくらい抜ける覚悟があったかというのを話せる範囲でお伺いできればと……。
「それはなかなか難しいですね(笑)。ただ正直に言いますと、これだけの人数が一度に抜けるというのも予想していなくはないですが、だいたい3、4人は抜けるだろうなという感触を持っていました。選手名を挙げてしまうと、河原(創)、高橋(利樹)、杉山(直宏)あたりは夏ぐらいに打診が入ってきていましたから、シーズン通して活躍すればオファーも来るだろうなと。そこは結構覚悟の上で、新たに動き始めていたという形ですかね。ただ覚悟といいますか、そういった選手がステップアップするのは仕方ないなという思いですし、ステップアップしていくような選手じゃないとダメだなという思いもありましたから。悲壮感が漂うような覚悟ではないです(笑)」
——とても納得感があります。というのも、まさに前回のインタビューですごく印象的だったのが、筑城和人スカウトが新卒選手を口説く時に「はじまりはロアッソから」というテーマで、始めからステップアップ前提でオファーを行っていたことだったからです。本当にそのとおりになりましたよね。その成果はどう捉えていますか。
「そこはもちろん選手たちがしっかりとした目標を持って努力してくれたおかげですし、あとはやっぱり大木(武)監督は選手を育てるのが上手いですね。彼は選手の力を伸ばすという意味で本当に良い指導者だと思います。そこがうまくマッチしたと思いますし、もともとそういった監督に来てほしい、そういったクラブにしていきたいというのがわれわれの思いでしたから、ここまでは順調な成果といいますか、目論見どおりには進んでいるのかなと思っています」
——野心を持った選手たちを熊本に呼び、しっかりと育て、成長した選手を移籍補償金を得て送り出すことができたという流れで見ると、今季は多くの選手が一つのサイクルを終えた印象があります。このことをどう位置付けていますか。
「もちろん移籍することに関しては決して望んでいたわけじゃありませんが、結果的にはおっしゃる通りだと思います。一つのサイクルが終わったといいますか、次のサイクルに向かっていくというところだと思いますね」
——まずその点でお聞きしたいのですが、他のクラブを見ているとそのサイクルを健全に回しつつ、チーム成績を出すということ自体がとても難しいことだという感覚があります。織田GMはここまで成り立つようなビジョンが見えていたのでしょうか。
「これは監督や選手に叱られちゃうと思うんですけど、正直、開幕前に参入戦まで行けるとは思っていなかったです。ただ、表現としてはよくないかもしれませんが、そこそこの順位まで行く中で、選手たちを上手くしてあげることはできるんじゃないかという思いはありました。そういう意味では、順調に選手たちが力をつけていってくれたんじゃないかなと思います」
——選手を育てながらチームとして成長するという点では近年、資金規模で上回るサガン鳥栖や徳島ヴォルティスなどもそうしたチャレンジをしているように見受けられます。地方クラブの一つのモデルだと思いますが、そうした成功例を作れているという手応えはあるのではないでしょうか。
「作れたかどうかは外の方に評価してもらうことであって、自分はもっともっとやんなきゃいけないと思っています。ただ、これ今の言葉にありましたように、Jリーグも昨年の時点で58クラブあって、今年からは60になるという中で、ヒエラルキーはハッキリとできちゃっているんですよね。資金力などを含めても。その中でロアッソが位置しているところと言えば、来年はJ2で優勝を狙いますとか、J1昇格を狙いますとか、表ではそう発言しますけど、そこを当たり前に、簡単に目指せるような状況ではありません。だからこそ、まずはしっかり自分たちで選手を育てるということですよね。上のほうからは選手を獲って来られないですからね。自分はかつてJ1のサンフレッチェ広島で仕事していましたが、J1の時代ならJ2のレギュラーをバンとね、今年の熊本が抜かれたみたいにどんどん抜いてチーム作ることもできました。ただ、即戦力になるような選手を抜いて来られないという状況ならば、自分たちで種を蒔いて、水をやって育てて、畑を大きくして、実りを多くするしかない。それがこのクラブを一番よくできることなんじゃないかなという思いはずっと持っています」
サッカー界の“しくじり先生”が持つ説得力
——ここからはもう少し具体的に今季のチームのことについてお聞かせください。先ほど「次のサイクルに向かっていくところ」というお話がありましたが、今回のオフシーズンでは熊本のサイクルの象徴とも言える大卒選手を5人獲得していました。さまざまなバックグラウンドの選手が並んでいますが、どのような印象をお持ちですか。……
Profile
竹内 達也
元地方紙のゲキサカ記者。大分県豊後高田市出身。主に日本代表、Jリーグ、育成年代の大会を取材しています。関心分野はVARを中心とした競技規則と日向坂46。欧州サッカーではFulham FC推し。かつて書いていた仏教アイドルについての記事を超えられるようなインパクトのある成果を出すべく精進いたします。『2050年W杯 日本代表優勝プラン』編集。Twitter:@thetheteatea