W杯もあって例年より長くなったウィンターブレイク明け、パフォーマンスが上がらず不穏な空気が流れたユリアン・ナーゲルスマン率いるバイエルン。しかし、そこから状態を上げてパリ・サンジェルマンとのCLラウンド16第1レグで先勝してみせた。若き名将はチームにどのような変化を施したのか。『ナーゲルスマン流52の原則』の著者、木崎伸也さんが分析する。
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これはバイエルンにおけるナーゲルスマン劇場の「第2幕」と呼んでもいいのかもしれない。
その幕を開けたのは、他でもないナーゲルスマン自身である。
内部で勃発した「権力闘争」
発端は、マヌエル・ノイアーがカタールW杯後の休暇中にスキーで右足を骨折したことだった。するとその1カ月半後、突如としてノイアーの大親友でもあるGKコーチのトニ・タパロビッチが解任される。
ノイアーは激怒し、『南ドイツ新聞』とWEBメディア『The Athletic』のインタビューで痛烈に批判した。
「私にとってもトニにとっても突然の決定であり、これまでのキャリアで最も酷い出来事だ。心が完全に引き裂かれた」
ノイアーはインタビューの中で、バイエルンの上層部を批判するという体裁を取っていた。だが、その矛先は明らかにナーゲルスマンに向けられていた。なぜならGKコーチ解任を上層部に求めたのは、35歳の指揮官だったと思われているからである。
『シュポルトビルト』誌によれば、ナーゲルスマンがバイエルンの監督に就任した当初から、ノイアーとの関係は良好ではなかったという。ノイアーはW杯優勝や3冠を経験したクラブのレジェンドで、チーム内では監督に匹敵する存在だからである。ちなみに、ノイアーの方が1歳上だ。
もちろん先発メンバーや戦術の決定権は監督にあるが、過去にバイエルンではカルロ・アンチェロッティやニコ・コバチが、選手たちの声で退任に追い込まれた。キャプテンのノイアーを敵に回したら、監督としての仕事をやりづらくなることは間違いない。
また、オリバー・カーンCEOとハサン・サリハミジッチSDといった現体制はナーゲルスマンを全面的に支持しているものの、ウリ・へーネス名誉会長はあまりナーゲルスマンを評価していないと言われている。逆にヘーネスはノイアーの理解者で、これまで支援や擁護の発言を繰り返してきた。
ナーゲルスマンとノイアーの間で、長らく「Machtkampf」(権力闘争)が生じていたのである。
そういう背景があるからだろう。ナーゲルスマンは就任当初から、タパロビッチが「モグラ」だと見ていた。ドイツ語で「モグラ」とはスパイのことで、メディアに内部情報を流しているのはGKコーチではないかと疑っていたのだ。
ナーゲルスマンの就任1年目、たびたび関係者しか知り得ない内部情報がメディアに漏れてしまった。例えばノイアー、トーマス・ミュラー、ロベルト・レバンドフスキら幹部が「4バックに固定してほしい」と伝えたことや、DFたちの「攻撃的過ぎて自分たちにしわ寄せが来ている」といった不満だ。
ほとんどの練習を完全非公開にするナーゲルスマンにとって、許せない事態である。
一方、ノイアーも少なからず監督に対して不満に思う部分があった。ナーゲルスマンが日常的な戦術の相談相手としてヨシュア・キミッヒを選んでいたからだ。2021年のクリスマス休暇中、ナーゲルスマンがキミッヒの滞在先であったオーストリアを訪れたことがある。そういう親密な関係が、ノイアーを苛立たせたと言われている。
両者ともに地位も名誉もあり、この「権力闘争」は実質上こう着状態に陥っていた。ところが、ノイアーがプライベートで大ケガを負うという大失態を演じてしまう。
ナーゲルスマンにとっては、革命を起こすチャンスだった。
ボルシアMGからスイス代表GKのヤン・ゾマーを獲得し、新GKコーチにはホッフェンハイムでともに働いたミハエル・レヒナーをトルコ代表から招へい。ゾマーの契約は2025年夏までで、ノイアーより1年長い。
ノイアー不在でも困らない状況が整えられた。彼がバイエルンを去る可能性が日に日に高まっている。
ただし、あくまでそれはナーゲルスマンが結果を残し続けられたらの話である。もしブンデスリーガで未勝利が続いたり、CLで早期敗退したりしたら、逆にナーゲルスマンが崖っぷちに立たされるだろう。
中断明けに狂った「感覚」
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Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。