ハリー・ケインから学ぶポストプレーの技術(前編)
プレミアリーグで3度の得点王に輝き、トッテナムで10番を背負うハリー・ケイン。ゴールだけでなく巧みなポストプレーでもスパーズをけん引し続ける主将の技術を、プレー解説でお馴染みのfootballhackが前後編にわけて分析する。
2月5日のマンチェスター・シティ戦で、イングランド1部プレミアリーグにおける通算200得点を達成したトッテナム・ホットスパー所属のハリー・ケイン。往年の名FWアラン・シアラーの持つリーグ歴代最高得点記録(260ゴール)を更新するのも、もはや時間の問題だろう。ゴール前での落ち着き、ワンタッチシュートの精度、クロスに対する位置取りやヘディングでのフィニッシュ――29歳にして必要なすべてを持ち合わせているストライカーだ。
もう1つ、ケインには特徴がある。ゲームメイカーとしての一面だ。機を見て中盤まで降りてきてはパスを引き出し左右に散らしていく。9番(FW)と10番(MF)の両方の役割をこなすことができるモダンFWの象徴的存在でもある。
これを可能にしているのが、際立ったポストプレーの技術だ。通常、ポストプレーヤーは背後から強いプレッシャーを受ける前線で味方から離れて孤立しやすい。だからこそ守備側は前後から挟み撃ちにし、ボールの奪いどころとして設定してくる。
しかしケインはプレミアリーグの屈強なDFを背負っていながらでも、確実に味方へとパスを送っていく。さらには前を向いてスルーパスを出したり、サイドチェンジを届けたりと、スピードあふれるカウンターを持ち味とするトッテナムの攻撃にアクセントを加えている。個人技術がチーム戦術に昇華した稀有な例だ。
さらにシンプルに引いて受けたボールを外にはたくと、受け手がサイドを攻略している間にゴール前へ少し遅れて入っていく(図1)。すると展開先を見ているDFは後ろのマークを同一視野に収めづらく、その隙を縫ってケインがフィニッシュに絡んでいくのは定番の形だ。もはや「戦術はケイン」とも言える、トッテナムのサッカーに欠かせない彼の個人技術を見ていこう。
ポストプレーの本質は「ボールを隠すこと」
サッカー経験者がポストプレーと聞くと、半身になってボールを相手からできるだけ遠ざけるよう教わった練習を思い出すのではないだろうか。しかし、いざ試合に臨むと思いの外ボールを守れない。この形を成立させるには、「①静止もしくは低速でのプレー」「②プレスバックが来ない」という2つの条件がそろっていなければならないが、そのような場面は実戦では限られているからだ。
だからケインがポストプレーで半身になることは少ない。代わりに全身(ぜんみ)になり、パスに正対して準備する(図2)。この時の守備者の狙いをまとめてみよう。
図3左上の通り、青の攻撃者が赤の守備者を背負ってパスを受けている。右足でグラウンダーパスを受けた時、相手はボールと体の中心を合わせるように攻撃者の背後からプレッシャーを与える。最初のコントロール時、守備者には図3左下のように見えるはずだ。
そこで最初のトラップが浮いたり、右外にズレたり、体の中心に入った場合、図3右下のように守備者からボールがよく見える状態になる。これでは簡単にボールを失ってしまう。
トラップの直後を狙うことは守備の鉄則だ。一番怖いのはターンされて背後を取られることなので、図4bのように後方へボールをコントロールすれば、しっかり体を入れてくる。また図4cのように前方へのトラップが大きくなった時は、攻撃者の右側から回り込むように競り合って対応するだろう。図4dのようにボールが足下に入れば、股下からボールにタックルを仕掛けてくるはずだ。
守備者は原則としてポストプレーヤーがトラップした足を中心に守る。右足でトラップしたらボールは右にこぼれやすい。そこで奪いに行きやすくなるのはもちろん、入れ替わられるのが怖いので右側に立つ。左側に立つDFがいたとしたら、自ら背後を取られに行っているようなものだ。
そこで攻撃者は、どこにボールを置けばキープできるだろうか。答えは軸足の前である。……
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footballhack
社会人サッカーと独自の観戦術を掛け合わせて、グラスルーツレベルの選手や指導者に向けて技術論や戦術論を発信しているブログ「footballhack.jp」の管理人。自著に『サッカー ドリブル 懐理論』『4-4-2 ゾーンディフェンス セオリー編』『4-4-2 ゾーンディフェンス トレーニング編』『8人制サッカーの戦術』がある。すべてKindle版で配信中。