いまだ尽きぬ森保ジャパンへの疑問――ピッチにすべての答えは落ちているのか?
【特別公開】『森保JAPAN戦術レポート』はじめに
2月9日発売の『森保JAPAN戦術レポート 大国撃破へのシナリオとベスト8の壁に挑んだ記録』は、大ヒット作『アナリシス・アイ』の著者・らいかーると氏がアジア最終予選からカタールW杯本大会までの日本代表全試合を徹底分析しながら、森保ジャパン進化の軌跡と日本サッカーの現在地をたどっていく一冊だ。その刊行を記念して本書の中から、日本が世界に勝つためのトライ&エラーを検証するに至った過程を振り返っている「はじめに」を特別公開!
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「ピッチにすべての答えは落ちている」
そんな言葉を合言葉に多くの試合と向き合ってきました。この言葉は当初、少しだけ諦めの要素を含んでいたように思います。ピッチで起きていることの答えは、普段の練習や選手の意図、監督・スタッフのプランなどを答え合わせとすることで、より完璧なものに近づいていきます。
しかし、インサイダーにでもならない限り、内側の情報に簡単にアクセスすることはできません。よって、インサイドにアクセスできない我々は、ピッチで起きていることから考えるしかありませんでした。
漏れてくる内側の情報を答え合わせに利用する一方で、ピッチで起きていることこそが正解なのではないか、と感じるようになってきたことも事実です。内側の情報によって、ピッチで起きていることへの解釈が変化することに、むしろ違和感を覚えるようになっています。
立川談志師匠の言葉を借りれば、「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ」――つまり、試合で起きていることこそ現実であり、事実であり、正解であると考えるほうが理に適っていると言ってもいいでしょう。
内側の情報がどうであれ、ピッチで起きていることが現実であるのは紛れもない事実ですから。
[5-4-1]という結論に至ったヒントを求めて
「ピッチの現象こそが事実だ!」を念頭に日本国内や海外で行われているサッカーを見聞し、ときには寄稿していく中で、困ったことが起こりました。企画不足です。
日本代表の記事を継続的に書くきっかけはなんだったのか。改めてメールボックスの山を探ってみると、特に企画が思いつかず、苦肉の策だったことが判明しました。日本代表の試合が良いタイミングで行われていたから、だったのです。
試合を見ても片っ端から忘れていく習性があるため、継続的に試合を見て書くようになるまで、森保ジャパンへの印象は特にありませんでした。
一方でアジアカップではカタールの、東京オリンピックではニュージーランドの論理性に振り回されていた印象が強いです。ハリルホジッチ時代から欧州の中堅国に論理性で振り回されることはありましたが、カタールやニュージーランドにも振り回される時代が来たのか、と戦々恐々としたことはよく覚えています。
森保一監督に率いられた日本代表は、独特なチームビルディングで歩んでいました。シンプルに言えば、本来は監督が設定するであろう領域にまで選手の合意を必要としたり、選手の意見を重要視していたりしたようです。
また、ピッチで不利な状況に置かれていても、森保監督は選手たちによる解決を狙い、自分から動くことを我慢していたとも報道されています。そのため、ピッチで起きていることの一貫性や論理性は非常に揺らいだものとなっていました。
ワールドカップ後に行われた壮絶なネタバレを事前に知っていれば、それぞれの試合で起きていた事象に対して、適したリアクションが外部からも起きていたかもしれませんし、否定的な言説も少しは減っていたかもしれません。
森保監督に率いられた日本代表は、その独特なチームビルディングゆえに外側からは理解が難しいチームだったと考えられます。
本書は「ピッチにすべての答えは落ちている」という言葉を胸に、日本代表のカタール・ワールドカップ・アジア最終予選からの試合の数々を徹底的に分析したものとなります。
森保ジャパンのプロセスを適切に評価することを目指し、試合の中で選手、スタッフによる試行錯誤と積み重ねを認識していくことを目的としています。森保監督のチームビルディングがどうであれ、ピッチで起きていることから徹底的に探っていく手法を取っています。
ワールドカップ本大会で[5-4-1]をメインに臨んだことを考慮すると、アジア最終予選からの積み上げに意味はあったのか疑問に思うかもしれません。しかし森保監督、あるいは選手たちが、それまでの試合を通じて、どのように[5-4-1]という結論に至ったかのヒントは間違いなくプロセスのどこかに落ちているのではないでしょうか。
だって、チームがうまく機能しているならば、そのような奇策を行う必要はありませんから。
アジア最終予選で森保ジャパンが不穏な空気に包まれていく中で、試合を見て書く作業は非常に充実していました。東京オリンピックから続く[4-2-3-1]でアジア最終予選をスタートし、アウェイのサウジアラビア戦で[4-3-3]の息吹を見せました。
そしてホームのオーストラリア戦で田中碧、守田英正の元川崎フロンターレコンビを軸とする[4-3-3]を導入し、予選を戦いながら[4-3-3]をリメイクしていく作業を追いかけることは、非常に刺激的だったと記憶しています。
起承転結の“転”、[4-3-3]挫折の謎
執筆前はよくわからなかった森保ジャパンですが、毎試合を追いかけていくことで、チームが行っている積み重ねと試行錯誤が、間違いなくピッチの中に見て取れました。
ワールドカップまでの準備期間で特に印象に残っている試合は、ブラジル戦です。
ブラジルを相手にしても異様なまでにビルドアップにこだわる日本の挑戦をしっかりと読み取らなければならない、と気を引き締めたことを覚えています。
世界と遭遇する中で、多くの選手にアジア最終予選で積み上げてきた[4-3-3]を浸透させようとした一方で、[4-3-3]をあっさりと捨てるきっかけになる、挫折に満ちたチュニジア戦以降のどんでん返しは、起承転結で言えば、“転”を表していました。
この本は、フットボリスタWEBに掲載された、アジア最終予選からクロアチア戦までの軌跡を追ったコラムに手を加えたもの+αで構成されています。
試合内容と結果だけでなく、チームの意図や選手の意思を読み取ろうと必死に取り組んできた作業の集大成と言えるでしょう。
振り返ってみれば、[4-3-3]への挑戦、[4-3-3]の挫折からの[4-2-3-1]の復活、そして[5-4-1]への再生、そして偉大なる敗戦への流れを淡々と記してきました。
森保ジャパンとはなんだったのか。
アジア最終予選からの積み上げはなんだったのか。
本番でひっくり返すならば、積み上げはそもそも必要だったのか。
コスタリカ戦やクロアチア戦で、日本はもっと効果的に攻撃をするプランはなかったのか。
積み重ねてきた[4-4-2]のプレッシングはどこへ消えたのか。
まだまだ尽きない森保ジャパンへの疑問に対して、本書がささやかな手がかりになればと願っています。
Photos: Getty Images
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。