W杯前に15節を消化したセリエAにおいて、王者ミランに勝ち点8差をつけて首位を快走したナポリ。その好調の要因、そして地元の盛り上がりぶりについて、ナポリを愛し昨年11月には現地を訪れた大田達郎氏が綴る。
フランス代表との激闘の末、W杯優勝を果たしたアルゼンチン代表。南米の強国が実に36年ぶりに手にしたトロフィーは、主将リオネル・メッシの悲願であった。36年前、メッシが生まれるその前年に、メキシコのアステカ・スタジアムでそれを掲げたのが「神」ディエゴ・マラドーナだった。
南イタリアにも、同じくマラドーナ以来となるタイトルを切望しているチームがある。カタールW杯による中断期間までの15試合を13勝2分の無敗で終え、「冬の王者」としてカンピオナート(リーグ戦)を折り返したナポリ。33年ぶりのタイトル獲得に、大きな期待が懸かっている。
「巡礼地」スペイン地区
「ちょうどすぐそこの通りをメルテンスが歩いていたんだ。飼い犬の散歩をしてた」
そう語るのはナポリっ子の友人、アドリアーノである。
「走って行って、一緒に写真を撮ってくれと頼みたかったんだが、コロナウイルスのこともあるから。その代わりに “Grande Dries!” (偉大なドリース!) と叫んだら手を振ってくれた」
そう言いながら見せてくれたのは、確かにメルテンスのように見えるシルエットの、遠目の写真。「行けばよかった。俺の人生で最悪の選択の1つだった」と苦々しく言う彼を仕方ないじゃないかと慰めると、彼は頭を振った。
「その直後に、中心街に行ったメルテンスが、大勢に囲まれてハグされてもみくちゃになってる動画がSNSで流れてきたんだよ!」
2022年11月。3年ぶりにナポリを訪れた。街も人々も、パンデミック前の賑わいをすっかり取り戻している。
W杯による中断前、年内最後の試合を目当てにやってきたが、思っていた以上に感染症の面影はない。週末ということもあり、中心部は多くの人でごった返している。観光客と思しき人も少なくない。スタジアムで食べる昼食のパニーノ(サンドイッチ)を買いに街に出たついでに、マラドーナの壁画まで “お参り” に行くことにした。ディエゴ・マラドーナの死後に一段と有名になったその聖地は、スペイン地区、イタリア語でクアルティエーリ・スパニョーリ (Quartieri Spagnoli) と呼ばれるエリアの一角にある。観光客向けの案内では「非常に治安が悪い」と紹介されることが多く、以前は地元の友人も「行くならトラブルに巻き込まれないように気をつけた方がいい」と忠告してくれたスペイン地区だが、マラドーナの壁画へと押し寄せた人々によって、すっかり観光地化されていた。メインストリートであるトレド通りからマラドーナの壁画へ向かう道は、さながら京都は清水寺へ向かう産寧坂のごとく、訪れた人々が列をなして「参道」となっていた。
友人いわく、現在のスペイン地区はナポリ独特のカオスを目当てに訪れる人々をターゲットにした AirBnB (民泊サービス)であふれており、家賃相場が上昇したことでもともと住んでいた人々が住めなくなる、いわゆるジェントリフィケーションが起きているとのことだった。
1本別の通りに入れば一変してローカルな雰囲気が漂い、さらに奥に行けばまだかつてのスペイン地区の面影は残っているが、パンデミックの前後で変わらないように見えるナポリの街で数少ない、目に見えて分かる大きな変化だった。ディエゴの死があの悪名高いスペイン地区を賑やかで明るい場所に変えたということかな、と言うと友人は「そうかもね、彼は神様だから」とこともなげに言うのだった。
「ベスビオ山が噴火する」
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Profile
大田 達郎
1986年生まれ、福岡県出身。博士(理学)。生命情報科学分野の研究者。前十字靭帯両膝断裂クラブ会員。仕事中はユベントスファンとも仲良くしている。好きなピッツァはピッツァフリッタ。Twitter:@iNut