カタールW杯で何度も目にすることになった歓喜と落胆の光景。そんなPKの場面で、選手たちがのしかかる重圧をはねのけ、キックの成功率を上げるために、サッカー界には様々な分野の専門家たちが参入している。中でも心理学的・科学的なPK分析が進むイングランドの事情をYuki Ohto Puro(@mateinappa)さんに伝えてもらった。
イングランド代表監督を務めるギャレス・サウスゲイトは、2020年に上梓された自著『Anything is possible』の中でこのような話をしている。
「今日では、選手たちはこういった厳しい体験をした時に自分を助けるための専門家にアクセスすることができる。だが、当時私は自分自身で対処する方法を見つけなければならなかった」
彼が語る「こういった厳しい体験」とは、言うまでもなく母国開催された1996年のEUROのことだ。準決勝のドイツ戦、6人目のキッカーとしてペナルティスポットに立ったサウスゲイトのシュートは相手方のGKアンドレアス・ケプケに弾かれた。そして、この失敗がイングランドを敗退に追い込んだ。赤の十字を背負いピッチに立ち、超満員の観衆、そして全世界が見守る中で試合を左右するペナルティを蹴り込む選手たちの重圧がいかばかりか、こうして筆を執る私には想像もできない。
近年PKに関する研究が進み、様々な事実が明らかになった。キックそのものはもちろんだが、ボールを置くまでの時間、審判が笛を吹くタイミング、キッカーがGKへ向ける視線……こういったありとあらゆる些細な要素がPKの成功率に影響を与える。そして当然PK戦とPKもまったくの別物で、PK時の試合状況によって成功率も変わってくる。それらはすべて選手の脳内へ刺激を与えるストレッサーとなり、プレーの質を歪めてしまう。そしてそのわずかなディテールが、W杯、またはEUROやCLといった世界最高峰の舞台で明暗を分ける大きな要因となってしまうことは、現在行われているカタール大会で幾度も我われが目にしてきた残酷な光景からも明らかだろう。
サウスゲイトのチームを支えてきた心理学者たち
サウスゲイトのコメントにあるように、21世紀に入り巨大なストレスに対処するための専門家たちが次々にフットボールの世界に参入してきた。彼は現役最後の地となったミドルズブラでキャプテンとしてチームを2006年のUEFAカップ(現EL)決勝に導いたが、シーズン中の負傷の際にクラブが招へいしていたスポーツ心理学者マイケル・コールフィールド(現在はブレントフォードと仕事をしている)と医務室で簡単な会話をして連絡先を交換した。そして、自身がミドルズブラの監督に就任するとコールフィールドを正式にバックルームへ加えた。選手時代に味わったストレスと心理学の重要性を肌感覚で理解していたのかもしれない。それ以来、2人の関係は現在まで続いているという。……
Profile
Yuki Ohto Puro
サミ・ヒーピアさんを偏愛する一人のフットボールラバー。好きなものは他人の財布で食べる焼肉。週末は主にマージーサイドの赤い方を応援しているが、時折日立台にも出没する。将来の夢はNHK「映像の世紀」シリーズへの出演。