9月23日にFIFAはFIFPRO(国際プロサッカー選手会)の協力の下、 カタールW杯開催に先駆けて同大会登録選手がスマートフォン上で自身のパフォーマンスデータにアクセスできるアプリ「FIFA Player App」の提供を発表した。その開発背景にある「選手データ売買ビジネス」について、山崎卓也FIFPROアジア支部代表が解説する。
今やフットボールの世界でも当たり前になっている、試合を見ながらの賭け、つまり「インプレーベッティング」では、次のゴールはどの選手が取るか、誰がカードを出されるかなどだけでなく、より細かく、例えばハリー・ケインがペナルティエリア外から打つシュートの数や、19分から23分59秒までの5分間でスローインは2回以上あるかどうかなどに至るまで、実に多くのものが賭けの対象となっている。
こうしたベッティングビジネスは、データ提供事業者が提供する豊富なデータに支えられており、ここに巨大な「データ売買ビジネス」市場が存在している。
選手データ売買の権利は誰のもの?
テクノロジーの進展により高度化した選手のパフォーマンスデータの収集、分析、利用は、当然、選手やチームのスポーツ上のパフォーマンスの向上のためにも使われているが、そのデータ量と分析技術の向上が進むにつれて、ファンに対する様々な形での魅力あるコンテンツとしての性質を有するに至っている。上記のようなベッティングだけではなく、試合中継時のデータ紹介、ファンタジーフットボールを含むゲームアプリでの利用など、様々な利用形態の広がりにより、その商業的価値がますます高まってきている。
また、最近では、選手の年俸や移籍金の評価、査定との関係でもデータが使われる事例も出てきている。昨年4月には、ベルギー代表MFケビン・デ・ブライネが、マンチェスター。シティと行った契約更新交渉にあたって、データアナリストを雇った上で、自身の価値、特に将来の契約期間にわたるパフォーマンス予測をデータに基づいて主張。大型契約を勝ち取ったことなども話題となった。
しかし、こうした「データ売買ビジネス」は、果たして誰のどういう権利に基づいて行うことができるのか、つまりこうしたビジネスの主導権を握るのは誰なのかについては、かなり曖昧なままとされてきた。例えば、今やお馴染みの、ある選手が1試合に走行した距離のようなデータは、多くの人がスタジアムで見ている試合の中で取得できるファクトデータなので、その取得にあたって、著作権や肖像権といった誰かの知的財産権に基づく許諾を得なくてもいいという結論になりやすい(ただし、実務では合法かどうかは別として、スタジアムの管理権限等を根拠に、試合の主催者の許可を必要としている例が多い)。
一方で選手の試合中の心拍数をリアルタイムで表示するなどは、たとえその取得自体に選手の同意があったとしても、その利用については、選手のプライバシーあるいはセンシティブな情報であるという観点から、あらためて選手の同意が必要であるという結論になることは間違いない。つまりこうした選手のパフォーマンスデータは、取得、分析、利用の三つについて、それぞれ選手の同意があるか、ないとしても選手の権利などを侵害しない正当な利用と言えるかといった分析が必要となるのである。……
Profile
山崎 卓也
1997年の弁護士登録後、2001年にField-R法律事務所を設立し、スポーツ、エンターテインメント業界に関する法務を主な取扱分野として活動。現在、ロンドンを本拠とし、スポーツ仲裁裁判所(CAS)仲裁人 、国際プロサッカー選手会( FIFPRO)アジア支部代表、世界選手会(World Players)理事、日本スポーツ法学会理事、スポーツビジネスアカデミー(SBA)理事、英国スポーツ法サイト『LawInSport』編集委員、フランスのサッカー法サイト『Football Legal』学術委員などを務める。主な著書に『Sports Law in Japan』(Kluwer Law International)など。