「誘引→反転→襲撃」――ブライトン監督就任5試合で表れたデ・ゼルビの哲学を東大ア式蹴球部テクニカルスタッフが考察する
9月8日に第6節時点でプレミアリーグ4位と快進撃を続ける中、グレアム・ポッター監督を引き抜かれたブライトン。その後任に指名されたのが、同じく戦術家として知られるロベルト・デ・ゼルビだ。新たにチェルシーを率いる前任者がアメックススタジアムに帰還する第14節を前に、就任5試合で表れたデ・ゼルビの哲学を東大ア式蹴球部の岡本康太郎テクニカルスタッフが考察する。
ロベルト・デ・ゼルビがブライトンの監督に就任しておよそ1カ月が経った。マンチェスター・シティ戦を終えた原稿執筆時点までの戦績は5試合で2分3敗。対戦相手に恵まれなかったとはいえ決して順調とは言えない結果だが、すでに彼自身の哲学やコンセプトはピッチ上に色濃く出ている。偉大な前指揮官グレアム・ポッターから引き継いだチームをどのように自分色に染め上げようとしているのか、その過程でどのような試行錯誤が見られるかを前任者との比較も踏まえながら考察していきたい。
初陣リバプール戦から表れた哲学
まずデ・ゼルビ体制における最もわかりやすい変化として挙げられるのはボール保持への執着度、そして前進の形である。ポッターの下では昨シーズン途中から浮いたロングボールのセカンド回収を中心とした前進がベースとなっていたが、より保持の時間を増やしつつグラウンダーのパスを中心に試合をコントロールしようと舵を切っているように見受けられる。それは以下に述べるピッチ上における選手たちの振る舞いからクリアに見てとれるが、シンプルに今季の1試合平均の数値を新指揮官就任前後で比べても保持率は50.6→60.2、パス数は445→572と明らかに増加している。
そして、当然それにはデ・ゼルビのフットボール哲学が色濃く反映されている。その根底にあるのはロングボールや浮き球からセカンドボールの回収の繰り返しといった「賭け」ではなく、ボール保持を通じた「完璧なゲームの支配」を望む考え方であり、その点で思想が共通しているペップ・グアルディオラと頻繁に比較されることはご存知の通りだ。
しかしデ・ゼルビの原点的なモデルが特異性を放っているのはそのボール保持、前進の形に対する独創的なアプローチである。それを支えているメインコンセプトが「ギリギリまで手前で引きつける(①誘引)こと」、そして食いついた相手の「奥を一気に取る(②反転)こと」で「縦に速く(③襲撃)ゴールに対して向かうこと」だ。以下、そうした彼の哲学がどのようにブライトンのボール保持に表れているのか詳しく見ていく。
デ・ゼルビは就任当初からポッター前監督が採用していた[3-4-2-1]のフォーメーションを継承している。4バックを採用したのはブレントフォード戦とマンチェスター・シティ戦の後半のみで、それ以外は一貫してこの3バックで戦っている。イタリア人指揮官はこれまでのキャリアで3バックを採用したことがあまりなく、特にサッスオーロ時代以降は数えるほどしか用いていない。この点からも前任者の影響がいまだ強く残るチームの文化や選手の戦術的キャパシティを適切に考慮しながら、慎重にチーム作りを進める姿勢がうかがえる。
その[3-4-2-1]で臨んだ就任初戦のリバプール戦で彼のボール保持前進構造は、非常にわかりやすく表れた。それまでのブライトンであれば前線へのロングボールを選択するような状況でも簡単には蹴らずに手前でボールを循環させることでリバプールのMF/FWラインを自陣に引き出し、何度もその背後を取ることで相手の守備陣形を崩壊させたのだった。象徴的なのが14分35秒からのシーンだ。
①誘因:後ろのGK+[3-2]が出し入れを繰り返しながらボールを循環させ、相手1stラインに限定されないようにしながらMFラインが食いついてくるタイミングを誘う。
②反転:相手の中盤が出てくるタイミングで奥にいるトップやシャドーにグランダーの縦パスを差し込み、相手のFWラインとMFラインを2列飛ばしで越える。
③襲撃:奥にボールが入った後はレイオフやフリック、ターンを利用して前向きのボールホルダーを作り、そこからスペースのある状態で縦に速くゴールに向かう。
特にハイプレスを代名詞とするリバプール相手に、初陣ながらデ・ゼルビ独自の保持前進コンセプトは見事な適合性と再現性を見せたということができる。続く4試合では保持時のシステムこそ[3-4-2-1]と[2-4-4(4-2-4)]を併用しているが、基本的なコンセプトとそれに紐ついた原則はシステムや選手が入れ替わっても不変のものである。シンプルに整理すれば11人の中で「手前で引きつける役」と「奥で待ち合わせる役」の分担が重複もありつつ存在しているのみであり、相手の守備構造や相手との力関係、選手の特性に応じて人数的な比重と配置のバランスが変化するということだ。遅かれ早かれ彼がサッスオーロ時代、シャフタール時代に重用していた[2-3-5]の保持システムも試される時も来るだろう。
なお、リバプール戦ではパスカル・グロス、次戦のトッテナム戦では彼とレアンドロ・トロサールなどシャドーに入る選手がサイドに流れてボールを受け前進するシーンも多く、今までの中央突破一点張り気味なデ・ゼルビのチームでは中々生まれづらかった中央→サイド→中央のボール循環が生まれていた点にも触れておきたい。一度サイドを経由する点でダイレクトな縦への加速には欠けるものの、より安定感のある前進をもたらしていたことは間違いなく、この点も特に就任直後ということで既存選手の特性に合わせ構造と相互作用を微調整しながら実験している途中だと考えられる。
課題克服のカギは「常に勇敢になること」
そういったある種ハイブリッドな要素を備えている点を考慮しても、デ・ゼルビの前進形は安定した保持を前提としながら縦への加速と中央突破を優先する点で、「ゆっくりと左右に揺さぶりながら相手を押し込む」ようなクローズドな保持前進の考えとはコンセプトを異にする。
しかし、その特殊性と求めている認知的・技術的水準の高さゆえに短期間でコンセプトを仕込むのは至難の業であり、まさに今適応の段階ということができる。ゆえに現状のブライトンの保持前進構造においてまだまだ改善できる点が多いのも事実だ。それを掘り下げるために、まずはコンセプトを3つの役割に分けて整理しておこう。……