グレアム・ポッター新体制発足から1カ月。チェルシーは10月8日のウォルバーハンプトン戦勝利(3-0)で今季プレミアリーグのトップ4に初めて浮上すると、続く11日にはCLでのミラン戦勝利(0-2)でグループE 首位に立った(第4節終了時点)。いずれも、メイソン・マウントの存在がもたらしたと言える3ポイントだった。この事実は、W杯を翌月に控えるイングランド代表、そしてそれ以上に、新オーナーの下で強豪クラブとしての長期的な安定を目指すチェルシーにとって喜ばしい。
「ナンバー10が向いている」
6歳からチェルシーで育成された母国産MFは、1軍昇格3年目だった昨季のチーム年間最優秀選手。2年連続の受賞だが、ファンに評価された数字はリーグ戦11ゴール10アシストと、6ゴール5アシストだった前シーズンからほぼ倍増していた。ところが、得点に直接絡むことのないまま丸1カ月が過ぎた今季開幕当初には、一転してクラブと代表の双方で先発レギュラーの資格を問う声が巷で聞かれた。これまで、チームの「キーマン」と呼ばれるほど絶対的な存在感を見せつけてきたわけではなかったことが理由だろう。
確かに、シーズンを通して活躍したはずの昨季にしても、常に10点満点で6、7点は与えられるパフォーマンスを連発してはいたが、勝利を引き寄せたと言えるほどの試合はすぐに思いつかない。ノートを見返してみると、プレミアリーグではサウサンプトンとノリッチにそれぞれ6点差と7点差で大勝した2試合で個人的に8点を付けていたが、マン・オブ・ザ・マッチは同じ8点でもティモ・ベルナー(現RBライプツィヒ)とマテオ・コバチッチがふさわしく思えた。「こいつのおかげ」と思わせた選手としては、リース・ジェイムズ、チアゴ・シウバ、エンゴロ・カンテらの印象が強いシーズンだった。
そのマウントが、ついに試合を決めたと言える活躍を見せるようになった。ウルブズ戦での72分間は、今季はもちろん、チェルシーで主力となって以来のベストゲームとさえ言える出来だった。前半終了間際にカイ・ハベルツに送ったクロスと、後半早々にクリスティアン・プリシッチを走り込ませたスルーパスでチームを完勝コースに乗せる2アシスト。この試合では[4-2-3-1]の2列目左サイドで先発したプリシッチが敵に対する大きな脅威となったが、その陰には、小気味よい連係や相手DFを引きつけるランでアメリカ代表FWを相手ゴールに向かわせるマウントがいた。
それを可能にするピッチ上での知性と利他的な姿勢は、まだ23歳と若い攻撃的MFがアンカーと1トップの間の全ポジションで「使える」と判断される要因だが、同時にベストポジションが問われ続ける原因でもあった。
ウルブズ戦でのポジションはトップ下。前監督のトーマス・トゥヘルにも、その前のフランク・ランパード体制下でも任されたことはある。ランパードが指揮を執っていたダービーでのレンタル移籍時代にも起用された。当時のマウントは、チェルシーのアカデミー生として憧れたランパードと同じ「ナンバー8が好み」と言っていたのだが、筆者が記者席で見届けた試合の1つだった2018年12月のスワンジー戦(2部)では、偶然にもポッターが監督だったチームを相手に背番号は8番でもトップ下で先発していた。
ポッター率いるチェルシーのトップ下としてプレーしたウルブズ戦、左サイド、中央、右サイドと、相手ペナルティエリア付近で満遍なくボールタッチを記録していること自体は、ポジション的に当たり前とも理解できる。だが、目ざとくスペースを突いてパスやシュートを狙いつつ、果敢なプレッシングをはじめとするハードワークも欠かさない持ち味はそのままでも、以前より自軍コート内でのボールタッチが減り、自軍ボックス内では1度もボールに触れることのなかった点は新監督の影響を感じさせる。監督の仕事を「選手がサッカーを楽しむ手助け」と表現するポッターは、トップレベルでの経験を通じて「ナンバー10が向いている」と言うようになったマウントの攻撃能力を最大限に引き出し始めているようだ。
敵地ミランでも2ゴールを演出
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。