4-3-3で始まり「3-4-2-1可変」に着地。後半戦9勝8分1敗、下平トリニータの逆襲
J2からルヴァンカップに参戦した大分トリニータ(と徳島ヴォルティス)は超過密日程を強いられ、序盤戦は低迷を続けた。しかし、下平新体制のチームは紆余曲折の模索を続け、後半戦は9勝8分1敗と急浮上してきた。現在5位、3~6位が出場できる「J1参入プレーオフ」は射程圏内だ。クラブを追い続けるひぐらしひなつ氏に逆襲への苦難の道のりを伝えてもらおう。
カタールW杯開催の影響で例年より早く佳境を迎えているJリーグ。J2でも徐々に今季の結末の輪郭が見えてきた。リーグ最終順位がその後の行方を左右するJ1参入プレーオフ枠を巡る戦いは最終節までもつれそうだ。第39節終了時点で5位につけている大分は、シーズン終盤に来て右肩上がりに調子を上向けている。
勝ち点の積み方を見ても、チームが勢いに乗っていることが感じられる。今季初のプレーオフ圏突入を果たした第34節は、好調の新潟に6試合ぶりに土をつけた。第38節の甲府戦は相手の巧みなポゼッションに主導権を握られる苦しい展開となったが、負傷から15試合ぶりに復帰した長沢駿が90+5分に決勝弾を挙げての劇的勝利。そこからは長崎、横浜FC、山形と上位陣との6ポイントマッチが続くが、その初戦となった直近の第39節、プレーオフ枠を狙うライバルたちが揃って勝ち点を取りこぼした中で、勝ち点5差で追ってきていた長崎を蹴落とすように3-1と圧勝した。
ルヴァン、コロナ、地震…誤算だらけのスタート
ただ、この快進撃に至るまでには苦しい道のりがあった。4チームが降格する昨季J1残留争いに敗れ18位でJ2へと降格したため、今季はルヴァンカップの参戦権を得て、もとよりタイトなスケジュールだったリーグ戦と合わせての超過密日程となる。開幕の水戸戦前日に複数名の新型コロナウイルス感染者が確認され、多くが濃厚接触者認定されて1週間の活動停止。そのしわ寄せもあり、スタートから11連戦、9連戦、7連戦と、前半戦のほとんどを連戦で過ごした。昨年天皇杯を決勝まで戦ったためシーズンオフも通常より1週間ほど短く、さらにキャンプイン当日の未明に発生した震度5強の地震でキャンプ期間も短縮。昨季まで6シーズンを率いた片野坂知宏前監督から下平隆宏監督に交代してトレーニング内容が変わったことや、連戦の中でのJ2特有のアウェイへの移動の負荷も重なって、チームは一気に野戦病院と化した。
J2降格にもかかわらず昨季のメンバーの大半が契約を更新した中で、片野坂前監督の浸透させたポゼッション技術に下平監督の新たなエッセンスを加え、1年でのJ1復帰を目指すと意気込んでいたクラブだが、スタートダッシュの目論見は完全に潰える。入れ替わり立ち替わり負傷者が出ることでメンバーを固定できない上に、連戦のため全員揃ってのトレーニングもできず、中2日、中3日でやってくる次の試合に向けてミーティングで戦術的狙いを落とし込み、グラウンドでは立ち位置を確認するのが精一杯。前指揮官と共通点があるように見えて実は大きく根本が異なっていた新たな戦術も、そんな状況ではなかなか浸透せず、リーグ戦は第6節の琉球戦まで未勝利で、長崎戦に1-4で大敗した第4節にはJ3降格圏の21位にまで沈んだ。
下平体制で露になった「戦術的チームの弊害」
呉屋大翔や長沢ら個々に好調だったFW陣の頑張りでわずかずつ順位を上げはしたものの、シーズン折り返し時点ではまだ中位でくすぶっていたチームが、長期連戦を終えた後半戦ではここまで9勝8分1敗と、めざましい回復ぶりを見せる。連戦中には難しかった組織のベース部分の整備にようやく着手できたことが、その最大の要因だった。
後方からビルドアップするという点では片野坂前監督と共通していた下平監督のポゼッションスタイルだが、実は両者のアプローチは真逆と言っていいほどに異なる。[3-4-2-1]を基本フォーメーションとしてゴールに至るまでの道筋が美しく整備されていた昨季までと違い、今季は[4-3-3]をベースにしてアタッキングサードではより自由に攻めることを目指す戦術。その最初の手がかりとなるビルドアップの段階で浸透に手間取りながら、選手たちの頭はそれを遂行することでいっぱいになり、それがプレー強度や集中力の低下につながるのか、不甲斐ない戦いぶりが続いた。
下平監督はそれを「選手が戦術に頼り過ぎていた」と振り返る。片野坂前監督が苦心してスタイルのベースを完成させて以降は、選手たちもコーチ陣から道筋を示されることに慣れきっていたのかもしれない。このチームは試合中に修正のためピッチで話し合うことが少ないと、新指揮官は感じていた。
「ゴール後も全員でワーッと喜ばない。ロッカールームもお通夜のように静かだった」
選手たちにしても、昨年天皇杯準優勝からの流れで新たな攻撃的スタイルにチャレンジすることに希望を抱いて今季をスタートしたはずだ。にもかかわらず出足で大きく躓き連戦で疲労が重なる中、困惑し無意識の責任回避状態に陥っていたに違いない。どの選手たちもそれぞれに「このチームはおとなし過ぎる」と自覚しながら、どうすればその状態を打開できるのかが見えず、苦しんでいるようだった。
そこで下平監督は「戦術を捨てる」という荒療治に打って出た。より戦術理解度の高い選手をあえてメンバーから外し、経験値は低くとも勢いや運動量のある若手をピッチに並べる。スタートのフォーメーションも昨季までの[3-4-2-1]に変え、昨季まで慣れ親しんだ立ち位置に戻すことで選手たちの迷いを拭うようにした。
「このチームには一体感が欠けている。もっと声を出そう」……
Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg