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「収益を増やすことが強化にも繋がる」――残留争いの最中、ガンバ大阪クラブスタッフが仕掛けたこと

2022.09.29

ガンバ大阪にとって2022年は躍進の1年になるはずだった。『日本を代表するスポーツエクスペリエンスブランドになる』ことを宣言し、事業面での取組みを強化。しかし、競技面であるチーム成績が低迷。Jリーグの順位は4試合を残してJ2降格圏の17位と厳しい状況にある。

こうした状況をクラブスタッフはどのように捉えているのか。本記事では大観衆を集めた『パリ・サン=ジェルマンとの親善試合』を含む、今年話題になった3つの施策にフォーカスを当て、担当したクラブスタッフに話を聞いた。

良かったらピアノ弾いてくれない?

 「声出し応援の復活が我々にとって追い風になるのは間違いない。サポーターの声援がチームを奮い立たせてくれるはず。僕は監督、選手たちを信じていますよ」

 『声出し応援検証試合』となった第31節柏レイソル戦(10/1開催)、第33節ジュビロ磐田戦(10/29開催)への期待を語るのはガンバ大阪営業部で部長を務める伊藤慎次だ。クラブ創設時からの社員で、2012年のJ2降格も経験している。当時を振り返り、収益面への影響の観点からも「2度と降格は繰り返したくない」と語気を強める。

 コロナ禍の影響が依然として残る2022シーズンは状況に応じてBCP(事業継続計画)を何度も策定し直すなど、試行錯誤のクラブ経営が続けられている。今シーズン話題になった『新マスコットの誕生』や『グッズ、アパレルの強化』はその一環だが、チームの成績が低迷していることから“ビジネス先行”と捉えられ、一部から批判の声が挙がるなど、もどかしい状況が続く。

 「そうした声があることは把握していますが、ぶれずに続けていくことが大切だと思っています。一般的にJリーグクラブは営業収益の45~55%を監督や選手の人件費に設定することが多く、スポンサーやグッズなどの収益を増やすことが強化にも繋がる。つまり、チームの成績は僕らにも責任があるし、しっかりやらなあかんなと」

 そうした信念の下、今年挑戦した施策の1つがジャパンツアーで来日した『パリ・サン=ジェルマン(以下、PSG)との親善試合』だ。ガンバ大阪が欧州クラブと親善試合を行うのは1996年に開催されたニューカッスル戦以来26年ぶりとなる。

 「EAスポーツのゲーム(FIFAシリーズ)に出てくるので、欧州でもパナスタは知名度が高い」ことや、ジャパンツアーの後援にクラブ応援番組の制作・放送で関係の深いMBS(毎日放送)がいた背景もあり実現した一戦は、パナソニックスタジアム吹田の過去最高入場者数38,251人を記録し、グッズも試合前日から飛ぶように売れた。

スタジアム場外のグッズショップは購入を希望する多くのファンで賑わった

 「昨シーズン(2021年)は、大阪府が設定したイベント開催に関する感染防止対策で、無観客開催が5試合ありました。激減した入場料収入を補う意味でもPSG戦の開催は大きかった。対戦相手(ガンバ大阪)への配分金もありますし、パナソニックスタジアム吹田の指定管理者としても、チケット収入やグッズ収入の数%がクラブの売上になるので」

 PSG戦の開催を発表した後は「急に友だちが増えた(笑)」と感じるほど、伊藤のもとにはチケットを希望する連絡が殺到。注目度の高さを実感する中で、クラブとして取り組んだのは『PSG戦を観戦した方にガンバにも興味を持ってもらう』ことだった。

 「感覚的には来場者の8割くらいがPSGファン」という環境で、試合当日のスタジアムではガンバ大阪に関する情報を積極的に露出。スタジアム内のビジョンにはPSG戦以降に開催されるイベントや選手情報を表示させるなどの工夫を施した。

PSG戦当日、スタジアム内のビジョンにはガンバ大阪のイベント情報等が表示された

 同時にこだわったのが“異空間演出”だ。ガンバ大阪に対する印象はもちろん、パナソニックスタジアム吹田で過ごす時間を、特別なものだと感じてもらうために出来ることは何か。伊藤が出した答えは、ピアニスト・反田恭平による演奏だった。

選手入場時、反田恭平氏によってショパンの『英雄ポロネーズ』が演奏された

 「パナスタに初めて来る方が多くなるのは予想できたので、スタジアムが楽しいところだったという記憶を残せる演出をできないか考えていたんです。そんな時に僕のフェイスブックに反田さんから『PSGと試合するのすごい!』とコメントが入ったので、『観に来る?良かったらピアノも弾いてくれない?』って(笑)」

 ガンバ大阪のサポーターでもある反田は伊藤のオファーを快諾。「反田さんが弾いてくれるなら……」と、通常は100万円程度の料金がかかるグラントピアノの運搬や音の調律を河合楽器が無償提供する協力も得て、“異空間演出”が実現した。

選手入場時、反田恭平氏のピアノ演奏に興味を示すネイマール

 伊藤がガンバ大阪で働いてきた32年間は『クラブに関心を持ってもらうこと』の難しさを痛感する時間でもあった。ただ、「0を1にできれば、可能性は広がる」とも語る。

 「例えば、2008年クラブワールドカップのマンチェスター・ユナイテッド戦。内容的にはボコボコにされたけど、3点取ったこと(3-5で敗戦)をメディアが大きく取り上げてくれたおかげもあって、ガンバに興味を持ってくれる人が増えた。直後に開催された天皇杯で初めてガンバの試合をスタジアムで観てくれる方もいて。注目が集まる試合は大切にしなければいけない。そこに『ピアノの演奏凄かったね』とか、特別な演出がスパイス的に加われば、興味を持ってもらえる可能性はさらに高まる」

 今シーズンから目指すゴールとして『日本を代表するスポーツエクスペリエンスブランド』を掲げ、“サッカーのフィールドに留まることなく、新たな体験を生み出すこと”を目標として活動するガンバ大阪。伊藤も「SDGs、グルメ、音楽……今後はより一層、様々な分野で挑戦することを評価する文化を創ってきたい」と意気込む。Jリーグでは集客に苦しむ試合が続いているが、PSG戦で久々に実現した満員のパナソニックスタジアムの光景はクラブにとって大きな刺激になったようだ。

欧州クラブと試合を行えるチャンスは限られている

 PSG戦の翌日、ガンバ大阪は2022年11月19日にドイツ・ブンデスリーガに所属するアイントラハト・フランクフルトと対戦することを発表した。熾烈な残留争いを戦う最中、シーズン終了後の親善試合を決めたことには疑問の声もあり、チケットの販売枚数も好調とは言えない状況である。

 伊藤は「集客に苦戦するのは分かっていた」とした上で、この親善試合の意義として“チーム強化”を挙げる。

 「PSG戦もそうですが、(欧州クラブとの)親善試合は僕ら(クラブスタッフ)だけで決めている訳ではなく、監督や選手の意向も踏まえた上で決定しています。試合開催日が難しい時期なのは理解していますが、欧州クラブと試合を行えるチャンスはW杯イヤーなど限られたタイミングしかないことも事実。将来的には欧州でプレーしたいと考えている選手も多いですし、若手選手はレベルの高い相手との試合を経験すると急成長するようなこともあるので」

伊藤は欧州クラブとの対戦する意義の1つとして“強化”を挙げる

 もちろん、事業面を担当する立場として試合をより盛り上げる“スパイス”も検討中だ。

 「例えば、対戦相手がドイツのクラブなのでスタグルで『オクトーバーフェスト』を開催するとかね。試合開催日はノーベンバーだけど(笑)。そういうドイツの文化に触れてもらう機会にするのも面白んじゃないかなと。まだ妄想ですけどね(笑)。そういう取り組みが出来るのも、親善試合の面白さ」

 フランクフルト戦をどのような状態で迎えることができるのか。伊藤が考える仕掛けが成功するか否かも、チームの成績に左右される部分が大きい。「J1残留を決めることができれば(チケット)を購入してくれる人は増える」(伊藤)と信じて、今は残り2試合となったホーム開催試合にむけた準備を進めている。

普段サッカーを観ない層にもアピールしたい

 今年、ガンバ大阪が行っている“挑戦”は『欧州クラブとの親善試合』だけではない。ここでは話題になった2つの取組みを紹介する。

 1つ目は大阪駅直結の駅型商業施設『LUCUA 1100(ルクアイーレ)』で今年8月に開催されたLIMITED STORE(グッズショップ)。同施設でグッズを販売するのは2021年10月、2022年2月に続いて3回目だが、過去2回と違うのは出店エリア。他商業施設との連絡階となる2階での開催となった効果もあり、整理券を配布するほどの大盛況となった。結果、過去2回よりも開催期間が短いにも関わらず、売上は約120%増を記録した。

3回目の出店となった『LUCUA 1100(ルクアイーレ)』LIMITED STORE店内の様子

 グッズを担当する石丸広希は『LIMITED STORE』でグッズを販売することについて「今シーズンからクラブのエンブレムがシンプルなものに変わって、アパレルのデザインも若い方が普段使いできるようなデザインを意識しています。新しいガンバ大阪をブランディングする意味でも梅田(LUCUA 1100)で出店することで、普段サッカーを観ない層にもアピールしたいと考えていました」と、その狙いを語る。

『BEAUTY&YOUTH UNITED ARROWS』コラボレーションによるアパレルは第3弾まで発売中

 今回の出店では、選手が限定ユニフォームでプレーする夏の恒例イベント『GAMBA EXPO』や、春に誕生が発表された新マスコット『モフレム』関連のグッズが売上を牽引したという。今後もそうした話題性のある企画と連動する形で『LIMITED STORE』は開催されていく予定だ。

大阪に来られない方のために

 2つ目に紹介するのは、8月20日(土)にdining&bar ESTADIO 渋谷店で開催された『ガンバ熱狂プロジェクト 元ガンバ大阪所属の今野泰幸選手、中澤聡太さんとアウェイ観戦イベント』。ビュッフェスタイルの食事提供をはじめ、試合前には現役選手やOB選手サイン入りグッズが当たる抽選会、試合中には今野選手・中澤さんがガンバ大阪在籍時代のエピソードを交えながら選手目線の解説、試合後にはゲスト両名との記念撮影……と、盛りだくさんの内容。

 「関東圏にガンバのファン・サポーターが多いことはファンクラブの会員データから把握していました。コロナ禍で大阪になかなか来られない方のためにも東京でのイベントはずっと開催したいと思っていました」と開催経緯を語るのは、ガンバ大阪経営企画課に所属する阪本直樹。Jリーグがクラブ経営人材の養成と輩出を目的に運営するビジネススクール『スポーツヒューマンキャピタル』に通っていた経験を評価され、2年前パナソニックから出向してきた。

抽選制で開催された本イベントは、定員の35名に対して約4倍程度の応募があった

 阪本が所属する経営企画課は『クラウドファンディング』や『ガンバ大阪サッカービジネスアカデミー(以下、GBA)』など、“新しい取組み”を主管しており、今回のイベントもそのひとつ。そうした活動に共通するポイントとして『共創』がある。

 「渋谷でのイベントは、運営スタッフの多くがGBAの卒業生なんです。クラブの社員では発想できないアドバイスをいただくこともありますし、本当に助けられています。ゲストで参加していただいた今野さんや中澤さんは、ガンバがリードされる試合展開を本当に悔しがられている姿からガンバ愛を感じましたし、イベント終了後も『また呼んでください』と言っていただけました。OBの方には別の機会でもお力をお借りできればと思っています」

 無論、共創相手にはファン・サポーターも含まれている。今回のイベントで観戦した試合ではガンバ大阪は敗戦し、会場を盛り上げるには難しい状況だったが、参加者アンケートには多くの励ましのメッセージが書かれていたという。

 「皆さん『結果は残念でしたけど……』という前書きはありましたが(苦笑)、スタッフを慰労してくれるような言葉をいただけたのは嬉しかったですね。クラウドファンディングもそうですが、ファン・サポーターの力があるからこそ実現できることは多いです。ガンバは今年から“サッカーのフィールドに留まらない”体験を生み出すことを目標にしていて、それを実現するためには皆さんの協力が必要です。今後も宜しくお願いします」

未来を左右する、残り4試合

 30節消化時点で勝ち点29。17位。J2降格圏に沈むガンバ大阪の状況は厳しい。

 2013年、J2で過ごした1年間は自らを見つめ直し、他クラブの取組みを参考とした小口協賛制度『GAMBAssist(ガンバシスト)』を導入するなど「得るものはあった」(伊藤)が、2度目の降格を望む者は誰もいない。

 クラブは来シーズンを『コロナ禍から完全復活する1年』と定め、『NFTへの参入』『SDGsのさらなる促進』など、事業面での準備、検討を進めている。

 しかし、Jリーグクラブの経営は“ピッチ外の事業面”と“ピッチ内の競技面”の両輪が揃って初めて前進できるものであることは、ファン・サポーターを含め、ガンバ大阪の関係者が身をもって感じているところ。

 残り4試合。J1残留へ。このミッションの可否がクラブの未来を大きく左右するのは間違いない。

SHINJI ITO
伊藤慎次(写真中央)

営業部 部長。三重県出身。四中工から東海大を経て、1990年に松下電器産業(株)に入社。ガンバ大阪の前身である松下電器産業サッカー部時代からJリーグへの出向を含めクラブ在籍32年目

NAOKI SAKAMOTO
阪本直樹(写真右)

管理部経営企画課 担当課長。ビジネススクール「スポーツヒューマンキャピタル」修了。パナソニックスポーツ株式会社よりガンバ大阪へ出向

KOKI ISHIMARU
石丸広希

顧客創造部企画課所属。大阪府出身。追手門学院大学を卒業後、スポーツグッズ製作会社に入社、2018年よりガンバ大阪へ入社しグッズ担当として勤務

Photos: (C) GAMBA OSAKA, Getty Images

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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